京都 四条高倉の占庭から

インタビュイーはちょっと苦手

衣更えですね。

なんかもうすでに夏なんですけれどー

お気に入りの折りたたみ日傘が壊れてしまって、代替えを探し回っております。

今年こそちゃんと日焼け対策をするぞ!

と誓ったのに、とんだところで頓挫しかかっていますよ。やれやれ。

 

先日、あるインタビューを受けました。

わたしの対面占いはインタビューのようなもので、

日々、いろんなゲストの方に、質問に次ぐ質問を繰り出しています。

ですので、お訊ねする、ということに関しては、日常的なことで、

インタビュアーとしての経験は積んでいるわけです。

が、ですね、インタビュイーということになると、からきし。

しゃべってナンボの職業に就いていながら、

ちゃんと答えられないって、どういうこと!?

 

普段とは逆の立場になってみて、わかることって貴重ですよねぇ。

案外、わたくし、なんも考えずに生きていたみたいです。ハハハ・・・・

 

インタビュアーの女の子は、上手に聴いてくださったんですよ。

ああ、それなのにそれなのに。

限られた時間の中で、ポイントを抑えつつ、肝心なところは外さずに答えるって、

難しいですねぇ。

ただ答えるだけではなく、伝えたいことを明確に提示したい、

と思ってはいるんですが、それが結構な空回りに。

長々とお話はしたのですが、あれを記事にまとめるって、大変だろうなあ、

と申し訳ない気持ちです。

 

あ、そうか!

対面占いの場合は、1対1で、密室で行われます。

録音もしないし、どこへも発表しないことが前提です。(あたりまえ)

ですので、その場限りの特殊な人間関係が構築されるわけですね。

その前提で、お訊きしたり、お答えいただいたり、というやり取りがある。

それは日常的ではない、という点からすると、かなり異常な状況でもあるんですね。

だからこそ、初対面であっても、誰にも話してないようなことも話せるし、

自分の気持ちもさらけ出せる(もちろん全部ではないけれども)。

そういう空間での、時間限定の、インタビュアーとインタビュイーの関係と、

記事になり広く公開されることを前提としたものとは、

そりゃ違っていて当然ですよね。

わたし、そのスタンスを測り間違っていたのかもしれないなあ。

単純に、いつもの逆パターンでいればいい、と思っていました。

それから、占いについてとか、占い師としてとか、占庭ってどんなとこ?

 という質問だけでなく、そこから離れたわたし自身のことについての質問も、

というのが想定外で戸惑ったのかもしれません。

 

ああ、それで過剰に恥ずかしい気がしたり、ちゃんと答えなければ、

なんて思いすぎたのかな。

慣れないってのは、こういうことなんですねぇ。

なるほど。

ひとついい経験ができたので、これは次回に活かしていきたいと思います。

(次回の予定はまったくありませんけれど)

 

というわけで、このインタビューがしばらく後に、記事になります。

ネット上での公開になりますので、またお知らせいたしますので、

お読みいただければ、と思います。

どのような記事になるのか、楽しみです。

と同時に、めっちゃ恥ずかしい!

親のキモチ 子のキモチ

ベランダのオリーブが元気に咲いてくれたなあと思っていたら、

続いて、今年もがんばって越冬してくれたアメリカンブルーも開花。

季節は着々と夏へ向かっていますね。

 

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オリーブの花は、ほんの数ミリの小さなお花。

とてもかわいいです。

でもね、こんなに小さなお花なのに、驚くほどの花粉なんですよ。

 

 

さて、今日は子どもさんとの関係について。

 

どういう子育て方法が適切か?

お子さんとの距離感、関わり方の適度な密度は?

などについては、親御さん自身の性格や子ども運、

お子さんの側の性格や親運などを観ながら、お返事していくことになります。

お子さんの個性によっては、ある程度、枠にはめた方が安心して伸びるタイプと、

枠にはめるとダメになるタイプがあったりします。

叱って伸びるタイプか、叱るとやる気を失うタイプかなどは、

占わなくても親子ならば、だいたいわかりますよね。

いや、わかっていながら言わずにいられないものでもありますけれど。

 

わたしは、子育てで一番やっていはいけないことは、

親が子を支配しようとすることだと思っています。

もちろん、ある程度の親側からの「誘導」というのは必要な部分はあります。

いわゆる「大人の経験値」からの意見ということですね。

けれど、それも過剰になると、「支配」につながり、

お子さんの持って生まれた人格をスポイルすることにもなりかねません。

このさじ加減といいますか、親側の自制心、客観視する心の余裕を持つ、

というのが、難しいところですよね。

ええ、一体どこからが支配につながってしまうというのか、っていうあたり。

「愛すればこそ」「将来を思えばこそ」の失敗もよくあること。

そりゃあね、どんな人でも親ならば、我が子にはしあわせになってほしい。

なるべく苦労の少ない道を歩んでいってほしい、と願うのは当然です。

 

でもね、「しあわせ」に対する考え方って、親子でも違う場合があるんです。

苦労の少ない道への誘導というのは、実は親が安心できそうな道を選ばせたいだけ、

ってことも多いですしね。

どちらも親側の思い込みによるところが大きいものでもあるのです。

 

苦労なんて誰だってしたくないけれども、否応なく降りかかってくるもので、

その降りかかった火の粉をなんとかしていく力を身に着ける方が、

実は大切なことなんですよね。

その能力というのは、ひとりひとりが生まれながらにもっている才や、

乗り越える力、諦める力の融合だと思うのです。

それは自力でなんとかしようとして、初めて発露し、強くなっていくのでしょう。

親の支配下にあっては、親の価値観、親の庇護にくるまれて、

自分の才や力がどの程度なのか、掴み切れないのではないかと思います。

 

痛い目に遭うのはつらいし怖いです。

痛い目に遭わせるのも、つらいし怖い。

だけど、そうすることでしか得られない力もあるんですよね。

 

お子さんが歩いている道の向こうに、いかにもつまづきそうな石が見えたら、

① 先回りして石を除ける

② 危ないからと違う道を歩かせる

③ あそこに石があるよと注意を促す

④ 見守る

いろいろですね。

①②をやってしまいがちな人は、単に心配性なだけでなく、

もしかしたら「支配」型なのかも? と一度お考えになってみてください。

 

それから、お子さんに自分の夢を託す方がおられますが、これも要注意です。

子は親の分身ではないのでね。

 

どんなに愛情深い親御さんであっても、子ども縁の薄い方ならば、

親子関係はサラっと、を心がけられた方が、いい関係でいられます。

目一杯の愛情を注ぐことばかりが、円満な親子関係を作るわけではないんですね。

よかれと思ってしたことが裏目に出ることもあれば、

テキトーにやってたことが大当たりな場合もあって、

子育てがうまくいく、いかない、は、実はたまたまによるところが大きい。

その、たまたまの精度を上げるのに、占いは結構使えます。

ご自身を、お子さんを、持って生まれた個性から読み解くことで、

どちらも客観視してみることができる点が、効果的なのではないかと思っています。

私的エンタメ月間の締めくくりは「宇宙図書館」

重なる時には重なるもので、昨夜は、ちょうど2週間前の水曜日に行ったばかりの

中之島フェスティバルホールへ。

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前回のツアーではチケットが取れず、行けなかったので、

久々のユーミンでした。

ええ、とってもよかったです。

今まで一度も、よくなかったことがないのがユーミンのステージなのですけれどね。

 

2週間前とは打って変わり、3階席の端の方の席だったので、双眼鏡持参で。

高みから見下ろすステージは、奥行きがよくわかります。

ああ、こんなに広いんだな、って。

あまりにも上の方なので、自然に、ちょっと引いた視線になります。

そこで確かにユーミンがうたっていて、観客も熱い思いで見ているのだけれど、

大きなスクリーンを見ているような気分なんですよね。

で、それはそれで悪くないんです。

静かに、ゆったりと、自分のペースで歌を聴き、ステージを愉しめる感覚もあって。

 

始まりはいつも、ユーミンの喉が緊張しているのがわかります。

でも、それで一気に、観客も集中するところもあり、その世界へ引き込まれます。

異世界へと誘う、きらびやかな衣装や贅沢な美術や演出も魅力。

新譜の「宇宙図書館」からだけではなく、荒井由実の時代からのナンバーや、

誰もが知っている、もはやスタンダードとなった曲も挟みながら、

まったく飽きさせることのない、サービス満点のステージングです。

若いファンの人も楽しめ、古くからのファンには、

「おお、あの曲を演ってくれるの?」という愉しみもあり。

 

わたしは昔からユーミンファンではあったのですが、

コンサートへ足を運ぶようになったのは12,3年前からです。

改装前のフェスティバルホールでは最前列で見られたんですよー

大阪城ホールの大掛かりなステージには、その贅沢さにも、

スケールの大きさにも圧倒されてしまいました。

ホールでもアリーナでも、ユーミンの真摯な姿は変わりません。

毎回、感じるのは、なんて誠実でまじめな人なのだろう、ってことです。

何十年もの間、走り続け、常にチケットは瞬く間にSOLD OUT。

それでも、驕らず、えらぶらず、フレンドリーでありながら、

観客を尊重するスタンスは、尊敬以外の何ものでもありません。

その、決して守りに入らないスタンスはすごい。

もっと新しくよいものを目指す姿勢、妥協のないギリギリの努力が見えます。

こんなに大きな存在の人なのに、こんなに必死に身を削るようにして、

ひとつひとつのステージに全力を尽くしている、というのが伝わってくるから、

いつも胸いっぱいになるんですね。

いや、ほんと感動してしまうんです。

 

さざめくような拍手も、割れんばかりの拍手も、観客の気持ちが乗っかっています。

それが一体となった瞬間は、その場にいられたしあわせを噛み締める至福の時。

 

アンコールは、アンコール用に編成されたゴキゲンなメドレー。

最高に盛り上がり、最後はしっとりと心に沁み、ステージと客席を結ぶ

「ほんとうにありがとう」という魂の交歓が。

コンサートはアンコールで完成され、すぐに客電も点いたのだけれど、

誰も帰ろうとせず、アンコールの拍手は続きます。

そして、ピアノの武部さんとユーミンだけがまたステージに出てきてくれ、

「青いエアメイル」を。

ありがとう! 最高のお客さまです!

と言うユーミンの声が、うるんで聞こえ、グッときました。

 

いや~ 素晴らしかったーーーー!

ええ、毎回、そう思うんですけれどね。

 

今回のツアーは8月のフェスティバルホールもチケットが取れました。

次はもう少し近い席だといいなあ。

やっぱり「ルージュの伝言」を振り付きで踊りたいんだもの。

理想の結婚相手

今朝は出勤前に知恩院さんへお参りに。

いつもとは違うルートで、円山駐車場の入口あたりから、くる~っと歩いて行くと、

ちょうど山門前のシャトルバス乗り場の脇へ出ました。

知恩院正面の、急な石段(しかも一段が大きい)の男坂を上がるのはキツイです。

ゆるやかな女坂もあるのですが、もっとラクなのがシャトルバス。(当たり前)

この無料のワゴン車で、上まで連れて行ってもらうことにしています。

 

いつものように納骨堂にお参りして、ふと蓮池を見ると、親子亀の姿が。

うんこらしょっと、まさに上ろうとしているところでした。

これ、見えますか?

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なんと、偶然にも今日は「世界亀の日」なんだそうですよ。

 

 

さて、今日は久し振りに、占いのことを書こうと思います。

最近、続けて訊かれたことがあって、それについてここしばらく考えていました。

それは、

「なんか最近、自分で自分のことがわからなくなってきて・・・・」というのと、

「どんな人と結婚したいのか、どんな人が自分には合っているのかがわからない」

ということ。

 

自分で自分のことがわからない、というのは、たぶん、みんな似たり寄ったりだと

思うんですよ。

自分が思っている自分像と、他人から見られる像っていうのは、

きっとかなり違うものでしょうしね。

それがぴったり一致してる人っていうのは、超シンプルで、裏表なさすぎな人

なんじゃないかしら。

なかなかお目にかかれません。

自分のことは一応ちゃん把握しているわ、と思ってらっしゃる方であっても、

ほんとうにわかっているのか、って微妙ですよ。

占庭へ友だち同士で来られるお客さまもありますが、

おひとりの方とお話ししてると、大概は、後ろのソファで聞いているお友だちが、

「うんうん!」と首を縦に振っておられます。時には笑いをこらえながら。

で、ご自分の時は「わたしってそうですか?」と怪訝そうにされたりしてて。

人のことは、客観的に見られる、ってことなんですよねぇ。

 

ですので、こちらに関しては、ゲストの方の命式や手相を観せてもらえれば、

お答えすることは容易いです。

 

で、もうひとつの

「どんな人と結婚したいのか?」「どんな人が自分には合っているのか?」。

まず、どんな人と結婚したいのかがわからない方からお話しましょう。

こちらについて命式で答えられることは、その方の優先順位として、

どういう条件を一番重要視したいのか? から考えます。

 

「仕事に対する責任感や、仕事愛があり、お仕事にきちんと向き合っている人」

「自分の感性や希望を曲げない個性的な生き方をしている人」

「ものの考え方が現実的で、人生を全うできる経済力がある人」

「なによりも家庭・家族のことを考え、愛してくれる人」

「異性としての魅力をずっと感じていられそうな人」

「お互いを励まし、お互いが成長し合えるような人」

などなど、いろいろな「一番大事」があります。

その「あなたのポイント」の答えは、命式でもわかりますし、手相にも表れます。

まずは、ソコを優先して考えていきましょう、ということが言えるわけです。

 

「どんな人が自分には合っているのか?」の方はですね、

性格的に合うだろう方の特徴をザックリお話しします。

「ガンコで不器用だけれども、真面目で一生懸命な人」

「人柄があったかくて、おおらかな感じの人」

「神経質なところもあるけど、やさしくて思いやりのある人」

「テキパキしていて、考えるより動く方が早い人」

などなど、こちらもいろんな特徴をお答えできます。

 

が、ですね、合っている人と、ご縁がありそうな人っていうのが

違う場合もあるんですよ。

ここが難しい。

「あなたはこういうタイプの人とご縁がありそうですよ」というタイプと、

相性のよいタイプがズレていたり、好みのタイプとズレていたり、

っていうことは、めちゃくちゃ多いです。

 

じゃあ、どうするのか?

そこはもう、ご自身の選択に委ねるしかないんですよねぇ。

ご縁のあった人と共に歩んでいくのか、

自分に合っていると思える人との人生を選ぶのか、

または、勢いとハズミでなんとなく結婚に至る場合もありましょう。

 

結婚にはタイミングも大きな要点になってきますので、

そのよい時期のチェックも大切。

今は焦らなくても、来年からいい風が吹きますよ~ とか。

 

けれども、とにかく、いろんなポイントがあるわけで、

占いで、ズバリと予言します!

なんてこと、わたしにはできません。

ゲストの方の、ごちゃまぜになった考えの整理整頓をし、

選択のよすがを提示できるよう、ご質問にお返事しながら、

占いでお答えしていくことしか術を知らないので。

 

占いとは関係ないのですが、先日、ネットの記事で、

結婚を決めたポイントはコレだった、というのを読みました。

 この人の魅力をみんなにも知ってほしい、と思う人。

 友だちや家族に、会ってみて!いい人だから。って自慢したくなる人。

であったのだとか。

 

なるほどなあ、と思いました。

それは、生まれ育った家庭の価値観にマッチしていて、

尚且つ、人間的な魅力もある、信頼に足る人であった、ということなんでしょうね。

確かにそういう相手であれば、円満な結婚への理想形かも。

 

では、わたしが思う理想の結婚相手は? と申しますとですね、

 どこかに、すごく尊敬できる部分がある。

 ピンチになった時に、全力で支えてくれそう。

 そして、自分も全力で支えたいと思える人であること。

かな。

 

さて、あなたの理想の人はどんな人でしょうか?

愛し愛されて生きるのさ again

本日の占庭、今季初エアコンでした。

扇風機も出しました。

暑くなりましたねー

もう夏みたい、って思うんですが、その前にまだ梅雨があるのでした。

 

占いっていうと、恋愛、結婚でしょ! と思われることが多いのですが、

占庭へおいでになるお客さまのご相談で一番多いのは、お仕事についてです。

やっぱり働かなきゃ生きていけませんものね。

切実です。

 

けれども、今日は恋愛・結婚のお話が続いた一日でした。

ええ、もちろん、お仕事の話もありましたけれどね。

恋愛も結婚も、望まれるカタチは、本当に人それぞれでして、

かくあるべし、っていうのは言えないなあ、と毎回、痛感します。

 

けれども、みなさん違うとは言えども、ですね、ここは押さえておいてほしい、

というコトもあります。

で、ここで、またしても、ご存知!二番煎じ! です。

ちょうど一年前くらいに書いていた、コレを。

 

kyoto-uraniwa.hatenablog.com

 

ええ、ええ、たとえ「懲りないわねぇ」と呆れられても、

わたしは信じたいし、愛したいと思うタイプ。

 

裏切られるのがイヤだから信じない。

報われないなら愛さない。

では、せっかく生まれてきたのに味気ないじゃないですかねぇ。

どうせいつかは死ぬんだし、それまでの間、傷ついたり、傷つけたり、

すったもんだしながら生きるのは、たぶん悪くないですよ。

それに、それは束の間、なんですよ、きっと。

だから、

「命短し、恋せよ乙女」は正しい。

もちろん、乙女限定に非ず、ですしね。

ミナミへ遠足に

ここのところ晴天が続いていますね。

気温もぐんぐん上がっていて、夏っぽくなってきました。

 

昨日は、久し振りに友だちとミナミへ。

わたしは大阪府内に住んで11年になりますが、滅多にミナミへは行きません。

それは、住んでいるところからのアクセスがよくないからなんですが、

たまに行くとキタとは違った活気と、そこはかとない猥雑さがいいんですよねぇ。

 

昨日は、いままで、行く機会のなかった黒門市場や法善寺横丁も歩いてみました。

黒門市場錦市場は、大阪と京都を代表する人気の食べ歩きスポットでもあります。

錦はしょっちゅう通っているし、どんなお店があって、

どういうものを売っているのか、端から端までわかっているワタクシ。

どれどれ、黒門市場はどこが違うのかな?

と思って見ていると、まず道幅が広い。

広いと言っても、そんなに大きな違いがあるほどではないですけれどね。

そして、海鮮モノに、ウニやカニなどの単価の高いものがあるところも違うなあ。

錦でよく見る、ハモや鯉などは見かけませんでした。

お肉系は、和牛串や、ホルモン系などもあり、こちらも錦にはないものでした。

お店の人が、英語で客引きをしてはったのにはビックリ。

京都でそれはないですもんねぇ。

大阪は、なんだか威勢がいいですね。

やっぱり違いがあるもんだなあ、と思いながら見て歩きましたが、

外国人観光客がいっぱいで、たくさんの人があれこれ食べてらっしゃるし、

しばらく歩いたら、うん、見た見た、って気持ちになって、

気が済んでしまいました。

人がひしめいてるところは、どうも苦手なんですよ。

 

 

さて、わたしはとにかく「占い」が好きなので、いろいろ読むのですが、

特に、自分とは違う占術の占い師さんのお話は純粋に楽しい。

しいたけさんのしいたけ占いも毎週月曜日を楽しみにしてますし、

石井ゆかりさんの西洋占星術も愛読しています。

どちらの方も、文章を読んでいるだけでお人柄がしのばれるし、

そもそも文章自体がとっても魅力的。

 

で、石井さんの占いによるとですね、わたしは昨秋から変革の時期に入っていて、

いろんなことの新陳代謝が発生しているらしく、

人間関係の断捨離も、自然の流れで行われていくのだそうです。

 

ふうん。

自然にねぇ。

と思いながらも、読んでしまった以上、つい意識してしまいます。

自然の流れということは、自分が選択するのではなく、

意識下であったり、相手に断捨離されたりするということもあるのでしょう。

わたしの執着心だけで繋がっているような友だち関係などは、

淘汰されていくのかもしれないなあ、と気持ち的には受け入れ態勢に入っています。

 

そうか。

それが自然ならばしょうがないよね。

と、なんだか自分のこころを俯瞰で眺めている気分です。

そう思いながらも、大切にしたい人との関係は、どうしても守りたい、

という強い思いが俄かに湧いてきたりもします。

 

昨日、友だちと歩いて、ごはんを食べ、お茶を飲み、

すっごく、くだらない話をしてゲラゲラ笑いながら、

この人には離れていってほしくないなあ、って思いました。

 

あ! もしかしたら、

そうして自分でちゃんと確かめなさい、

ってことなのかもしれないですね。

こころに着いているホコリや汚れをぱんぱん、と払って、

素直な気持ちで、大事にするべきものをもう一度見きわめるという作業を

ひとつずつしていけばいいのかな。

なんてことを思った遠足の一日でありました。

メンヘラ製造機

お店のトイレの天井からの水漏れは修理していただいて、止まりました。

が、まだ、天井は板が張られてなくて、照明も裸の状態です。

それってなんだか落ち着かないものなんですよねぇ。

けれども、使用に差し支えはありませんので、大丈夫。

ご迷惑をおかけしました。

 

 

もう随分前のことですが、占庭とはご縁の長い、

素敵な恋愛中のお客さまを占っていた時、

「実は彼には、かつて『メンヘラ製造機』と呼ばれていた過去が

 あるらしいんですよ(笑)」

って、お話を聞いたことがありました。

どうも、つき合う相手、つき合う相手が、ことごとくメンヘラだったそうで。

元々メンヘラだったわけではなく、

そうでない人も次第にメンヘラになっていってしまうのだそうです。

で、現在、つき合っている当のその彼女はメンヘラではないのでありがたい、

っておっしゃるんですって。

 

この「メンヘラ」っていうのが、わかるようなわからないような言葉で。

どうも、元々は2ちゃんねるに「メンタルヘルス板」ってのが

あったのだそうですよ。

そこから生まれ、派生していったんですって。

メンタルヘルスが元、ということは、心の問題を抱えやすい人たちの話、

ってことだったのでしょう。

そういう人の極端な言動や、事象が上げられていくうちに、

メンヘラ=手のかかる、困った人 みたいになっていったようですね。

 

わたしの「メンヘラ」という言葉のイメージも、そんな感じですねぇ。

極端に言えば、

「今からすぐに来て! 来てくれないなら死んじゃうから!」

と好きな人を振り回すようなね。

この、好きな人を、っていうのがポイントなんですよねぇ。

嫌いな人を困らせたり、嫌がらせしたり、ではないわけで。

好きなのに、いや、好きだからこそ、そうなってしまう、

ということなんでしょう。

 

きっと、メンヘラの人って、不安なんですね。

ホントにわたしのことを愛してるのかしら?

心変わりしてない?

と、相手の気持ちを確かめたい、から発して、

「こんなわたしでも受け止めてくれる?」

に発展していってしまうのかなあ、というのがわたしの認識です。

えっと、間違っていたら、ごめんなさい。

 

で、恋人ならば、まず、

「大丈夫だよ。愛しているよ! 心配しないで」

と、ひしと抱きしめるだろうと思うんですね。

で、

ああ、よかった・・・・ 愛してくれている。

と安心する。めでたしめでたし。

 

けれども、また不安は襲ってくる。

確かめずにいられない。

そんなことをしてはだめだ。嫌われてしまう。

いや、やっぱり、もうイヤになってるんだと思う。

とギリギリまで堂々巡りをして、感情をぶつけてしまったり、

わざわざ嫌われそうなことをやってしまったり。

 

また、あの安心を感じたい、確かなものだと思いたい、

という一心からのことなのでしょうね。

 

それに律儀に応え、自分の愛の深さで本当に安心させてあげたいと願い、

ホントだよ。ホントに愛しているよ! ボクは大丈夫だよ。

と誠意を尽くしていくような、善意で、まっすぐな心の人が、

意図せずして、メンヘラ製造機になってしまうのかもしれませんね。

きっと、いい人なんやろなあ、その人。

 

相手に気持ちを伝えることで、愛を表現する人か、

相手の気持ちに応えることで、愛を表現する人なのかって、

持って生まれた星でもわかります。

タロットカードでも、この子はしんどいなと思いながらも、

相手のために想いを尽くしていくカードというのもあるんですね。

もしくは、相手に振り回されやすい、星とか、カードなども。

 

メンヘラの恋人に振り回されて大変そうだなあと周りは思っていても、

「ここまで切実に自分を求めてくるなんて愛おしい」

という愛の形もあったりするわけで、

他人がとやかく言うことじゃあないんですよね。

けどまあ、それが「見捨てられない」という思いになってしまったなら、

考え時ではないかな、と思ったりもするわけですけれど。