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京都 四条高倉の占庭から

幸、不幸は人相に表れる?

薄幸そうに見える方というと、イメージとしては、

華奢で、髪の毛や皮膚の色素が薄くて、声が小さくて、伏し目がち。

みたいな感じですよね。

けれども、そう見える人が、実際に苦労の連続とか、

たたみかけるように不幸に見舞われてはるとは限りません。当たり前ですけど。

単にそういうイメージ、ってだけでね。

肩幅が広くて、筋肉質っていうだけでも、薄幸そうなイメージから遠く隔たります。

でも、そういう人でも薄幸な人はおられます。当たり前ですけど。

 

じゃあ、人相に、人の幸、不幸が表れるのか?

これがなかなか難しいんです。

と言いますのも、自分は不幸だと思って暮らしてらっしゃる人は、

不幸そうな人相になっていくし、

「よくまあ、ここまで生きてこられましたね・・・・」と

絶句するようなご苦労があっても、それほどの不幸と思ってはらへん方は、

意外とほんわかしたお顔をされてます。

眉間に深いシワが刻まれている、なんてことは本当に少ないんです。

不思議なことに。

なので、つらそうなお顔の人が、すごい苦労をなさって、

大変な不幸を乗り越えてこられたとも限らないんですね。

幸、不幸もそうですが、苦労も自分でそう感じるかどうかで、

深刻さはまったく変わってくるものですし。

 

ほんとにおつらかった方、度重なる不幸に見舞われたのに、

「苦労しました」っていうお顔になってらっしゃらない方に共通するのは、

みなさん、どこかあきらめたような表情をされているということ。

達観に近いんですが、ちょっとニュアンスが違っていて、

なんと申しますか、とても穏やかで透明な雰囲気をお持ちです。

不運や不幸が度重なると、もうどれかひとつに絞って悩んでいられない。

ひとつひとつに注目しているヒマなんかない、という状況になるのでしょう。

想像を絶します。

で、なんとも神々しいようなお顔になりはるんですね。

まったく不幸そうな見た目ではないんです。

 

逆に不幸そうに見える方に共通しているのは、恨みがましいタイプということ。

 この苦労は、あのときの〇〇のせい。

 〇〇さえいなかったら。

 一生ゆるさない。

みたいな感情をずうっと抱いてらっしゃると、

そういうお顔になってしまうようです。

なんか殺伐とした空気をまとってらっしゃいます。

実にしんどそうです。

 

そんなものがいるかどうかはわからないですけど、

もし、悪い霊みたいなものが浮遊してたら、

たぶんそういう人に入り込むんじゃないですかねぇ。

悪いモノには居心地よさそうですやん。そういう心持ちの人の中って。

澄んだ水みたいな人の中の方が、そういうモノは住みにくいんちゃうかしら。

ま、余談ですけどね。

 

えっと、要するにですね、ほんとのところの幸、不幸は、

パッと見だけでは判断できないということなんです。

占い師も、じっくり人相や手相を観せていただいて、お話も聴いて、

ああ、なるほどなあ~、と思うわけです。

それでこういうお顔をされてるんやなあ、って。

 

かくいうワタクシも、実は眉間にシワがございますの。ホホホホ。

これでも、ここ10年ほどの間に、だいぶ薄くはなってきました。

たぶん笑顔でいるといいんじゃないかなあ、と思います。

なるべく笑って、もっとしあわせそうな顔になっていきたいもんです。