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京都 四条高倉の占庭から

学習神経

運動神経のいいと言われる人は、スポーツのセンスがある人ってことですよね。

個人差大きいですよねぇ。

逆上がりや跳び箱を練習しなくても、すいっとできる子もいれば、

いつかできるという希望さえ見えない、という子もいます。

練習してできるようになる人が大半なわけですが、

努力すれば必ずできるというわけではないし、

熱心に繰り返した人がすぐできた、ということもないんです。

やはり持って生まれたセンスや能力による差異というのは、

あるんですよね。

そして、それはどうしようもない部分も大きい。

すんなりできる人を見れば、

「あの子は運動神経がいいから」と思う。

自然です。

 

これ、勉強にも同じことが言えると思うんです。

一度聞いたら、すっと頭に入って忘れにくい人もいれば、

理解するまでに時間がかかって、忘れやすい人もいます。

それは、賢い、賢くないというよりは、

学習神経がいいかどうか、ということだと思うんですね。

苦労せずによい成績が取れる人は、頭が良くて立派なのではなく、

学習神経がいいのでしょう。

勉強も逆上がりと同じと思えば、がんばってもなかなか成績上がらない人も、

そんなに劣等感を抱く必要はないと思います。

 

誰でも精進努力すれば百メートルを十秒で走れるようになる、

なんてことはないわけです。

誰でも精進努力すれば東大へ合格できるなんてこともないでしょう。

 

もちろん、自分が持てるものを最大限に生かす努力は必要です。

けれど、うまくできないことをすべて努力不足に負わせるのは、おかしい。

あれもこれも、すべてがんばれ、というのも無理があります。

でも、それをわが子に強いている親御さんが多いのも事実です。

「今がんばらないと将来がない」

「先々の選択肢を広げるために、今やらないと」

とおっしゃるのですが、ほんとうにそうでしょうか?

それは親の側の不安ではないですか?

 

5歳で覚えること、10歳で体験して楽しいこと、

15歳だから感じることなど、大切なことはいっぱいあります。

それこそ、その年齢の「今」でないと意味がないことが、たくさん。

勉強って、本来つらいものじゃないはずです。

知る喜びや、わかる快感、それから謎が生まれてくるドキドキと、

解明されるうれしさなど、心躍るものだと思います。

それを知るより先に、勉強の苦労に染まってしまうのは不幸です。

もちろん、興味のないものをがんばる意味もありますが、

そればっかりになっては、毎日がさぞかし苦痛でしょう。

自分で「楽しい」を見つけられなくなったら、

いくら一流大学を出たところで、不毛だろうなあと思うんですよ。

 

やみくもな「がんばれ」にさらされ続けた子どもさんが途中で折れると、

すごく無気力になってしまいます。

もう自分はダメだ、脱落してしまった、と思い込んでしまうんですね。

いやいや、先は長い。

 

課題を与えてばかりいると、自力で興味や楽しさを見つけられなくなります。

自分は何が楽しくて、何が苦手なのか。

それがわかれば、楽しいことは伸ばせばいいし、

苦手なことも、少しずつ克服できるよう意識する。

ほどほどでいいんです。

完全に克服しなくったって、たぶん生きていけます。

 

おそらく、がんばり屋さんの親御さんほど、責任感も強くて、

ちゃんとしないと!って親子セットで考えてしまいはるんやと思います。

しんどいな、と思ったら、ちょっと息を抜きはったほうがいいです。

 

間違いのない子を育てるよりも、他人に愛される子に育てるほうが、

将来の幸福度は高いと思うんですよねー