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京都 四条高倉の占庭から

宝くじが当たったら

久し振りに梅田へ出掛けてきました。

早めに家を出たので、友だちとの待ち合わせ時間までかなり余裕がありまして。

(だいたい何でもギリギリが苦手。)

待ち合わせ場所までの道々、どこのお店に寄り道しようかなあ、と

電車の中で考えるのが、これまた楽しい。

で、地下街を歩いていましたら、新しい靴下屋さんを発見。

もう入らずにはいられません。

なぜかワタクシ、大の靴下好きで。

「ええか!靴下はいっぺんに一足しか履けへんねんで!」

と、いままで数えきれぬほど、自分に言い聞かせてきたにもかかわらず、

増殖が止まらないソックスの群。

ま、単価がお安いものですしね。

それでいっぱい迷って、お買い物気分を充分満喫できますから。

身の丈に合った消費欲求解消法であり、オシャレ心充足法ってーことで。

そういえば、デパートの中で一番ワクワクするのは靴売り場なので、

どうも足元のモノが気になるらしい。

 

で、友だちとゴハンを食べながら、いっぱい喋ってきました。

それはもう多種多様な話題で。

と言うと賢そうですが、要するにとりとめのない話を牛のよだれのように、

ということです。

なんか一気に賢そうでなくなりましたね。ははは。

 

そこでお金の話になりまして。宝くじのね。

最近の宝くじって、金額がどんどん大きくなっていますでしょ。

6億とか7億とか。

わたし、7億円当たったら、うれしいというよりか困惑するんちゃうかな、

って思っているんです。

どう使っていいのかわからない。

以前、そういう話を家人にしましたら、

「自分で使おうとするからだよ。寄付したらいいじゃないか」

と言われ、おお、そうか!と思ったくらい、使い道がわかっていない。

1億円なら使えます。

自分の意志で、自分の欲に合わせて、理性の働く範囲で使えると思う。

けど、これ、3億円くらいになったら、もうわたしの手には余りそう。

現実味もなくなってくるし、うれしいと思える使用方法を

逸脱してしまう気がするんです。

やっぱり、それぞれ人間の器に合ったお金っていうのがあるんでしょうね。

高額宝くじが当たって、人生が狂ってしまう話はよく聞きますが、

それはすごくわかります。

人が一生の間に縁のあるお金って、だいたい決まっているのかもしれないですね。

お金が足りない生活というのはつらいので、

そこそこ暮らしていけるだけのものは、なんとかしたいものですが、

あり余るほどのお金は、結構、厄介なものなのかもしれません。

有効に、有意義に使いこなせる範囲のお金に苦労しない。

っていうのが理想だなあ。

ま、それがなかなかままならないことなんですけれどね。

 

てな話を食後のコーヒーを飲みながらしていました。

食後のコーヒーはサービスで180円でした。

うーん、身の丈に合っているなあ~

 

そうそう、宝くじを買うとよい運気の年、というのもあるんですよ。

が、それは誰にも等しく訪れるのではなく、

それなりの金運の星を持ってらっしゃる方にだけ訪れます。

残念ながらと言うか、やっぱりと言うか、わたしにその星はついていません。