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京都 四条高倉の占庭から

冷蔵庫の中の見通しはどうですか?

読書 よしなしごと

今日は数年振りにパンを焼いてみたのですが、

久し振りすぎたのか、ちょっと残念な出来具合で。

もっと、ふんわりするはずだったんだけどなー

いえ、それでも食べますけどね。

 

今から十数年前、働いていた会社が倒産して職を失い、

次の仕事が見つかるまでの間、しばらく知人が経営する、

お弁当と量り売り惣菜のお店の手伝いに行っていました。

最初は2店目オープンで忙しいので、ヒマやったら経理を手伝って、

ということだったんですが、お店の経理なんてそんなに時間もかかりません。

で、人手の足りない時や、お弁当を詰める時には厨房に入るようになり、

わたしが作ったデザート類も売ってもらうようになったりもして、

それはそれで結構楽しく働いていました。

そこで、働いていたパートさんの中に、陽気で、テキパキ、

がんばり屋さんのかわいい人がおられました。

その方が、

「わたし、家の冷蔵庫がスカスカだとすごくうれしいねん」

と、ホントにうれしそうに話されるのを聞いて、ちょっと驚きました。

冷蔵庫にいろいろ詰まってると安心できる、って人は多くても、

スカスカだとうれしいという人は、珍しいなあと。

その方がおっしゃるには、

「必要な分だけ、使い切れるだけあって、ムダがない、っていうのがうれしい」

って。

うん。ほんとそうやわ。

 

その話を聞いて以来、わたしもスカスカ冷蔵庫を目指すようになりました。

冷蔵庫の中がスカスカだと、電気代も安くなるし、食べ物を傷ませないし、

なにより掃除がしやすいんですね。

すぐにササっと拭けるんです。

 

いやあ、いいことを聞いたなあ、と思った数年後、この本を読んだのでした。

 

『冷蔵庫で食品を腐らす日本人(日本の食文化激変の50年史)』

魚柄仁之助 

この人、名前とその怪しげな風貌は知っていたのですが、

ちゃんと読んだのは初めてで。
昼休み、職場の図書館でパラパラっと何冊か斜め読みして、

なーんだイメージと違うなあ。と親近感を覚え、読んでみました。
もっと、硬派で、キビシイひとなのかと思っていたんです。
けれども、文体も方言交じりで柔らかいし、叱り飛ばしたり、なじったり

なんてことはまったくありませんでした。
けれども、なかなか耳の痛い話もたくさん出てまいります。

冒頭から、冷蔵庫がどんどん大型化して、しかもそれにギッシリ詰まっており、

冷凍庫に至っては、永久凍土と化しておる家庭が多すぎる。
というハナシ。
わたしも以前、もはや正体のわからなくなった冷凍モノや、

今さらもう食べられない…という状態になった食品を捨てるに捨てられず、

冷蔵庫のなかで保管していたことがありました。 

引越しの際などに、胸を痛めながらやっとそれを思い切って処分するという、

体たらくでございました。

で、冷蔵庫を買い換えるとき、以前よりも小振りのものにしたのです。

一番上の段も、背伸びをせずに見渡せるくらいの大きさのものに。
そして、中をマメに拭けるくらいに、詰め込まない。
と決意したのです。
冷凍した食品も、できるだけ早い時期に使ってしまう。
冷凍したごはんは、日付を書いておく。
とにかく、野菜も果物も傷むまでに使いきる。
を徹底しました。

意外と、カンタンなことでした。
そう心掛けるだけで、買い過ぎないようになるのです。
そして、冷蔵庫がスカスカしていると、不安になるのではなく、

スッキリ気分がよくなります。
そうなればしめたもので、随分ムダがなくなり、達成感も味わえます。

この本のなかでいちばん気になったのが、バイオエタノールについて。
バイオエタノールがどれくらい、バカバカしくて無駄で危険であるかを

わかりやすく説いてありました。
そのなかでも「ああ、それは怖い」と思ったのは、

食品にしないから遺伝子組み換えもおおっぴらに、遠慮なくばんばんやるであろう。

たとえば、その遺伝子組み換えしたトウモロコシがあれば、その花粉が飛んで、

遺伝子組み換えしていないトウモロコシに付着し、

知らぬ間に遺伝子組み換えしていない本来のトウモロコシが、

どんどんなくなっていくことになってしまう。
ということでした。
遺伝子組み換え云々、までは考えていたのですが、花粉が飛んで…ということには、

まったく考えが及びませんでした。
そういうことは、実際に栽培している現場を知っているひとでないと、

わかり辛いことです。
でも、それを知りながらも収穫率を上げるために、

農業に携わるひとたちも遺伝子組み換えを是としてしまうのでしょうか。

ほんとうに「食」というのは、生きていく根幹なのだから、

もっと慎重にならないと、とつくづく感じました。
消費一方のわたしたちも、提供されるものを

なんとなく買って食べてちゃいけないですね。
(2007/12/12)