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京都 四条高倉の占庭から

異性間に友情は成立するのか?

昔から、ずーっと議論の的となっているこの問題。

異性で親友になれるもんだろか、って話ですね。

わたしは男女間であっても友情は成立すると考えます。

というか、成立してたしなあ、と思うわけです。

けれども、そんなこと、絶対ムリ!と言い切る人もおられるわけで。

そういう人は超常現象を非科学的だと一刀両断する科学者にも似て、

自分で体験して証明されなければ、受け容れようとはしないんですよねぇ。

 

これを占いで考えたとき、男女の間であってもいい友だちになれそうな命式の人、

「男と女は、男と女。そういうものでしょ」という命式の人も、

たしかにあるんです。

それは愛情の持ち方や、その発露の仕方にそれぞれ個性があり、

それぞれのカタチっていうものが決まってくるからなんだと思います。

まあ、どっちの人もある、ってことなんでしょう。

 

けどまあ、この件に限らず、自分と意見が対立するからといって、

理解する努力なしに否定するってのはどうかと思うんですよねー

自分とは違う意見を尊重する、というのは、違う人格を尊重する、

ということにもつながるし、ひいては世界平和にもつながるんじゃないか、

なんて、大きく考えたりして。

 

その異性間の友情を含んだ小説をご紹介します。

絲山秋子さんの『沖で待つ』。

芥川賞受賞作なので、お読みになった方も多いかと思います。

書評などでは、異性間の友情についての物語である、

みたいに書かれていたりしますが、それがテーマっていうのでもなくて。

 

絲山秋子さんは『逃亡くそたわけ』から入ったんですが、んもう大好き。

たくさんの方に読んでいただきたいなあと思っています。

 

沖で待つ絲山秋子

 

表題作と「勤労感謝の日」の二作品が収録されているのですが、

どちらもとてもよかったです。 

 

『逃亡くそたわけ』の疾走感そのままに、感情的にぶっちぎっているようで、

丁寧な推敲を重ねたのだろうなあという、

作者の真面目で正直で、不器用で捨て身な姿が浮かんできます。 

一生懸命なんだろうなあ。何に対しても、って。

その誠実さが、なんだかヒリヒリと感じられるのです。 

 

相手が男でも女でも、ホンモノの友情が成立するのは稀なことなのだと思います。 

相手が同性だからこその友情もあれば、異性だからこその友情も

あるもんなんじゃないか、って思うんですよ。 

たまたま相手が異性で、よしんばハズミ寝てしまっても、そのまま恋愛に突入せず、

変わらず友情が持続する、という関係だってあると思うし。 

 

純で、一生懸命で、日常にほとほとくたびれながらも、

仕事をないがしろにはできない作者の姿勢に、

全国のリーマンは強烈なシンパシーを感じるだろうな。 

恋愛や友情と同じように、やっぱり仕事も生きることそのものに

非常に近いことなんですよね。

たかが仕事、されど仕事。

オンとオフ、どちらかだけをテキトーに生きるというのは、

案外難しいんじゃないかと思いますね。

 

いいです。 

絲山秋子さん。 

好きだなあ。こういう女のひと。

(2010/2/15)