京都 四条高倉の占庭から

押しかけ占い

10年と少し前、40年住んだ土地を離れることになったので、

「とにかく会ってみたい人に会っておかなければ!」

と突然閃いて、押しかけ占いに行ったことがありました。

なんとなく「いつか会ってみたい」「いつか話してみたい」と思っていた人たちは、

わたしが興味を抱いた人っていうことで、

「どういう星の人なのか、どういう手相の持ち主なのか知りたい」

と同義であったので、押しかけ占いという形になってしまったのです。

 

突然「占わせてください」というアポがあれば、誰だって警戒しますよね。

もちろん、押しかけ占いであって、押し売りではないので、無料です。

けれど、それは余計に警戒される要因にもなりかねず。

「あんただれ?」とまでは言われなくても、きっぱり断られたこともありました。

当然です。

 

今になって思えば、いくら引っ越し前の「恥はかき捨て」状態であったとはいえ、

よくまあ、あんな突撃占いみたいなことをしたもんです。

だいたい、そういうキャラではまったくないですしね。

キャラ違いも甚だしい暴挙でした。

けれども、おもしろがって受けてくださった方もあり、

わたしとしましては、とても有意義な時間を持つことができ、

大満足でもあったのです。

 

ふだんのワタクシは、人に警戒されるような踏み込み方はまずいたしません。

人間関係をキチンと築こうと思ったら、まず、

「わかろうとする努力」と「わかってもらおうとする努力」

が大切だと思っています。

それをすっ飛ばして、いきなり距離を縮めるというのは、

うまくいく確率より、うまくいかない確率の方が高いと思うので、

大事にしたいご縁だと思う人ほど、先のふたつの努力を重ねます。

どちらも押し付けにならないように、自問自答もしながら。

そうでないと後悔しそうでイヤなんですよ。

 

仕事でもなんでもそうなのですが、たぶん、わたしは、

この「誠意を尽くす」というやり方が好きなのでしょう。

もしくは、こういうやり方しかできないのか。

これは「誠意を尽くせば、必ず心は通じるはず」

というような浪花節的な考えではなく、

遠回りなようで、実はこれが一番効率的なやり方ではないか、

と思うところもあるので。

 

で、自分なりにできる限りの努力はしたけれど、どうも距離が縮まらない。

どうも相手の真意がつかめない。

ということだってあります。

 

『そうだ。そこはもう当たって砕けろだ!』

 

と思われるかもしれませんが、砕いてコトを荒立てるのは苦手でして、

 

『よし、ここまでだ。』

 

と考えるタイプ。

 

意気地がないのかもしれないけど、それまでの積み重ねを

そっとそのままにしておきたいんですね。

けれども、自分の精一杯の真心が通じなかったことに関しては、

未練を残さないので、それはそれはサッパリしたものです。

バッサリ終わらせ、それ以降の能動的な努力は一切やめます。

 

これはこれで、当たって砕けるよりもクール&ドライですよね。

我ながら、見切りをつけた後の「もう後ろはふり向かない」態度は、

リモコンでチャンネルを切り替えたかのようで、

「ああ、もう過去の人になったんだな」と思います。

 

これが異性に対する恋なのであれば、また話は別ですよ。

あくまで広く人間関係についてだとご理解ください。

 

でもね、引っ越し前の、あのわけのわからない押しかけ占いの季節に、

キッパリ断られた方とのご縁が、後に始まり、今もよい関係が続いている、

という事実もあるのです。

なので、ご縁というのはアプローチの仕方がすべてではなくタイミングも重要で、

ホントにご縁のある人とは、とっかかりだけを作っておけば、

うまく流れていく「時」がくれば、スーーッとよい関係を築けるのかもしれません。

 

大事な人とは出会うべくして出会っていると思うし、

よいご縁は、大切にしたい気持ちがあれば、よい形に育つものなんじゃないか。

と、グイグイ押していくのが苦手なわたしは、そう信じているわけですけれども。