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京都 四条高倉の占庭から

上の句はいずこ

わたしは毎晩たっぷり3本立てくらいの夢を見るのですが、

昨夜は夢の中で短歌を詠んでいました。

その短歌の上の句はよく覚えてないんですけど、下の句だけ頭に残っていて、

 

” ドラえもんを違う名で呼ぶ ” 

 

なんですけど、なにがなんだか。

これにつながる上の句をこれから考えるのも難しい。

夢の中では、これはなかなかうまくできた!と満足気だっただけに、

自分の頭の中の理解に苦しみます。

 

〇〇歳くらい、っていうのをアラフォーとかアラフィフとか、

みんなふつうに遣っていますよね。

そういう言い方が出始めた頃は、シャレで言うてたようなところがありましたが、

今や、それが一般的なくらいになっています。

浸透するの早かったなあ~

まあ、年齢に触れるのはタブーっぽいところもあるので、

そういう言い方だとカドが立たない気がして便利に使われているのでしょう。

” アラフォー男性 ” なんて言葉がないころは、

” 四十がらみの男 ” とかいう表現が生きていました。

 

うん。断然、四十がらみの男の方が渋めの大人に感じます。

一気にモノクロの世界へ連れて行かれる感じしますよね。

もちろん、四十がらみでもダメそうな男もいれば、軽い男もいるわけですけれどね。

 

〇〇歳だけど若く見える・年相応に見える・年長に見える、というのは、

見た目が大きいのでしょうけれど、持って生まれた星の影響もあります。

若くても年配の星を持っていれば、思考が熟しているので、

落ち着いた雰囲気になります。

逆に老年期に思春期の若い星が入っていれば、いつまでも年齢を意識せず、

万年青年のようなおじいちゃん、おばあちゃんになるわけです。

気持ちが若いか老成しているかというのは、見た目年齢を大きく左右するみたいで、

どこがということはないけれど、若く感じられるとか、年配に感じられるとか、

そういう雰囲気をまとわせるようです。

 

” 美魔女 ” という言葉も最近の言葉ですが、これはなんか作られた感が強くて、

こんな言葉に踊らされてはいけない!

なんて気になってしまいます。

そもそも「もう〇〇歳だなんて信じられない!」

というのが、最高の賛辞だとは思えないんですよねぇ。

若々しく、元気ハツラツで、美しい!というのが素晴らしいのであって、

〇〇歳に見えない!のが、すごいのではないよなあ、と考えてしまうわたしは、

えっと、ひねくれてますでしょうか?

 

若いころ、早く40歳くらいになりたかった。

そのくらいになればもう、かわいいか否かで優劣をつけられる理不尽から

逃れられて、気楽だろうなあって思っていたんですよ。

それが今になって、40歳でも50歳でもまだその土俵で勝負するか?

みたいなこと、ほんともう勘弁ですわー

いかに若く見られるかにエネルギーを費やすくらいなら、

ドラえもんを違う名で呼ぶ ” の上の句を考える方が、わたしは好き。