京都 四条高倉の占庭から

潮目が変わる?

来年の手帳と占い本が、たくさん書店に並ぶ季節です。

占いフリークのわたくし、一応、目を通さずにいられません。

けれども、確かめたいところは限られているので、サラッとで十分なので立ち読み。

すみません。

 

するとですね、来年のワタクシ。

どの占いで見ても、すごく運気がいいらしいのです。

もちろん、自分で観てもいいんですが、西洋占星術でも、六星占術でも、

高嶋易断でも、非常に良い。

こんなことって、今まであったかなあ。なかったんちゃうかしら。

こっちは良くても、こっちはイマイチとかってことになっていて、

全部揃って、すごくイイ!というのはなかったと思います。

 

ですのでね、ちょっとコワイ。

運気が良すぎるとどうなるのかが、想像できなくて。

けれど、ちょっとワクワクもしますし、どうなるんやろー?っていう興味もある。

それに、なんとなく何かが変わっていく予感みたいなものも感じてはいて。

何がどう変わっていくのか? は、皆目見当がつかないのだけれど、

たとえば、いまとは違う「場」なり、「人」なり、

自分を取り巻く何らかが変化していくんだろうなという感触はあるのです。

自分自身がガラっと変わることは、たぶんなくて。

変化に巻き込まれるようにして、自分も変容していくのかなあ。

 

タロットカードにも「違うステージへ進むべき時」とか、

「もうこの場はあなたには必要ないでしょう」という意味のカードがあります。

それは、いまの場が良くないというのではなくて、違う場の方が自然になってくる、

という解釈でいいのだと思います。

なので、構えることもないし、焦ることもない。

ましてや怖がることも要らないのです。

けれども、ちょっとした勇気は要りますよね。

そして、この場合、未練や執着は無用です。

かと言って、ドライになれとか、クールに見切りをつけろ、

というものでもないんですね。

たぶん、すごく自然な流れで、ストンと腑に落ちて、ああ、そうか。そうやんな。

みたいな気持ちになるんじゃないのかしら。

そして、そのことによって誰かを傷つけるとか、悲しませるというような

類のことではないのだと思えます。

 

そういう、知らない内にギアが切り替わっていたとか、舞台がくるっと回っていた、

っていうこと、誰もが経験していることですよね。

渦中にいると、それとは認識できないことが多いのでしょうけれども。

 

とにかく運気に翻弄されないよう、自分を見失わないよう、健康第一で、

来年を迎え、来年を愉しみたいと思っています。

まだ10月半ばで、気が早いんですけどね。えへへ。