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京都 四条高倉の占庭から

後家相

先週の土日がピークだったんだなあと思える、土曜の朝でした。

京都の紅葉の人出も一段落というところですね。

 

 

ところで「後家」という言葉、最近あまり耳にしませんよね。

昔は未亡人のことを後家さんと呼んでいたものです。

手相、人相占いでも「後家相」につながるものはあります。

生年月日での占いでも、後家になりやすい星回りというのがあるんですよ。

占いで「後家相」と言われるものは、どれも、

「女性にしては運気が強すぎて、伴侶の男性を剋してしまう」

という意味で使われます。

それが手相や人相、命式に表れているということなのです。

妻の運気が強すぎると、夫のエネルギーをも吸い取ってしまい、

ついには夫が早死にしてしまう、と思われていたのでしょう。

 

これ、

そんなことあるわけないやん!

と言い切れないところもありまして。

かなり昔の話ならば、そういうこともあったかもしれないと考えられるのです。

今の時代ではまずないでしょうけれど。

 

なぜそう思うかと申しますと、ずっと昔は男性並みの能力のある女性がいても、

十分に活躍する場が、圧倒的に少なかった、ということからなんです。

女性は家庭に入り、家事育児に専念し、社会的な活動をすることは少なかった。

大きなエネルギーや運気を持って生まれてくる人は、男女同数であるはずなのに、

そのポテンシャルを発揮できるのは、ほぼ男性に限られていたわけです。

 

エネルギーをたっぷり持って生まれた人は、そのあり余るほどのものを

全部使い切ってこそ、真の価値が出ます。

その大きなエネルギーを自分の家庭内だけや、私利私欲にだけ向けても、

どうしたって余ってしまいます。

本来、そんな小さな使途のエネルギーではないのでね。

できれば世のため、人のために使い切っていただきたいもの。

 

けれど、自分の持って生まれたエネルギーがどれくらいのものなのか、

自覚している人は少ないですし、大きなことをやりたい!と思わない人も多い。

実際には、大きなエネルギーや運気を持ちながら、

小さく、謙虚に生きてらっしゃる方もたくさんおられます。

そうすると、どうしても余ってきてしまうのです。

この余ってしまったエネルギーというのが問題で。

使われなかったエネルギーは自然消滅はせず、出どころを探し続け、

イレギュラーな出方をしてしまうこともあります。

顕著な例が、体調面に不具合が出てくるということなのですが、

それが本人に出ず、身近な人に出る場合もあるのが怖いところ。

 

「ああ、あるある、そういう話。奥さんが強すぎたんやねぇ・・・・」

なんて話が、そこここにあったとしてもおかしくありません。

それで「女性の運気が強すぎると後家になる」って通説になっていったんじゃないか

と思うのですよ。

 

今の時代は、女性でも男性と同じように社会で活躍できる場も多いので、

そんな不本意な後家相の影響を受けてしまう人は減ってきていると思われます。

だいたい、もう後家って言葉すらが消えていってますものね。