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京都 四条高倉の占庭から

タロットカードへの関心の持ち方三種

よしなしごと 占いについて

今朝、四条大橋から見える鴨川べりに、たくさんの人たちが並んでらして、

なんだろうなあ、と思っていたら、小学校のマラソン大会だったようです。

応援の保護者の方々だったんですね。

ポツポツ雨が落ちてきたりもしていましたが、風が強くないのはよかったかな。

 

実はわたし、小学校の高学年になるまで「じきゅうそう・持久走」のことを

ずっと「ちきゅうそう・地球走」だと思い込んでいました。

漢字を知って、愕然としたものです。

冬場の体育の目玉でもある「持久走」、大嫌いでした。

ただ黙々としんどさと向き合って走るダケなんて、おもしろくなさすぎ。

けれども、冬場の体育のサッカーやドッジボールも嫌いやったなあ。

ええ、たぶん寒いのに外で走り回るのがイヤ!

というだけのワガママなんですけれどね。

 

 

先日、タロットカードに関する本を読んでいましたら、

タロットに関心を持つ人は3パターンあると書かれていました。

簡単に説明するならば、

 

A 

 オカルトや、スピリチュアル系のものに関心が強く、

 タロットカードにそれを求める人

 

 タロットカードを現実的なことの判断材料や、将来の見通しのよすがに

 利用したいと思う人

 

 

 タロットカードについて学術的に研究したい人

 

というところでしょうか。

プロの占い師はが多いと思われるかもしれないけれど、

多いのは、実はの方だろう、ということでした。

 

タロットカードは「ジプシー占い」というイメージが強そうだし、

絵柄もエキゾチックで、神秘的な雰囲気がありますよね。

そのカードを操る(と思われる)占い師は、フツーの人ではなく、

なんらかの霊的な力を秘めた人であろう、と思われることも少なくないでしょう。

オリエンタルなお香が香る、何重にもカーテンが引かれた薄暗い小部屋で、

うすもののベールを被り、大きな丸い水晶玉の上に長い爪の手をかざす、

独特のメイクを施した年齢不詳の女性、みたいな典型的(と思われている)な

占い師にタロットカードは似合いそうでもあります。

けれども、そういう占い師の人って、ほんとに稀。

というか、わたしはそういう占い師さんお会いしたことないですねぇ。

ごくごくふつうな感じの人でもすごい霊感のある方もおられますし、

見た感じは、いかにもな占い師さんでも話してみると人情のある庶民派、

という方も多かったりしますしね。

 

そもそも占術としてのタロットカードは、霊感を必要とするものではないので、

的アプローチの占い師の人が多くないのは頷けます。

わたしも完全にパターンのひとりなので、の人が多いのは納得。

 

真摯な気持ちでカードを引き、それを誠実に読んで、そのままを伝える、

というのが、タロット占いの基本中の基本。

主観や憶測は排除して、カードの声をそのまま届けることが大切です。

あとは、それを受け取った方が、その方なりの解釈をなさればよいのです。

 

一番少ないのがというのも大納得。

研究したい人と、ゲストを占って役に立ちたい人は、そりゃ別枠ですよねぇ。

きっと研究したい人は、ゲストを占っても、その結果を研究に活かしたい人で、

占った後、ゲストがどうなったか?ということもデータの一つとして記録される、

っていうような感じじゃないかしら。

もちろん、占い師も結果をデータとして蓄積することは、

「経験」を重ねることなので、誰しもが無意識にやってはいることではありますが。

けれどもやっぱり、研究者と占い師は目線が違うと思いますね。

カードを引く目的として、よりよい選択をしてもらいたい、とか、

内なる声を引き出してよく考えてもらえたら、とか、いうのは、

占い師独特のスタンスだと思うので。