京都 四条高倉の占庭から

「情報生産者になる」がおもしろい

いつもとはちょっと雰囲気の違うお話を今日はしますね。

 

『ちくま』1月号からの、上野千鶴子さんの新連載がとても興味深くて、

楽しく読んでいます。

「情報生産者になる」というタイトルで、研究について書いておられるのですが、

特に、大学生のみなさんに読んでもらいたい内容です。

 

高等教育以上の段階では、もはや勉強(しいてつとめる)ではなく、学問(まなんで問う)ことが必要です。

つまり正解のある問いではなく、まだ答のない問いを立て、みずからその問いに答えなければなりません。

それが研究(問いきわめる)というものです。

研究とは、まだ誰も解いたことのない問いを立て、証拠を集め、論理を組み立てて、答を示し、相手を説得するプロセスを指します。

そのためには、すでにある情報だけに頼っていてはじゅうぶんではなく、自らが新しい情報の生産者にならなければなりません。

 

なるほどー

大学で研究したことのないわたしにも、よくわかる説明です。

で、上野千鶴子さんは「大学で教える」に当たって、情報生産者になるということを

重視してきた、と。

 

情報には、生産・流通(伝達)・消費の過程があります。

メディアは情報伝達の媒体、多くのひとたちはそこから得られた情報を消費します。

もちろん学ぶことは「真似ぶ」こと。

ですから他人の生産した情報を適切に消費することは、自らが情報生産者になることの前提です。

 

研究者ではない、わたしのような一般人も、日々、膨大な情報を得ています。

この過程の最後の部分に当たる、消費ですね。

消費者には誰でもなれるけれど、生産者になるのは難しい。

批評家には誰でもなれるけれど、批評されるものを提供する側になるのは難しい、

ってことなのでしょう。

その後、情報とは何か?という説明があり(端折りますけど)、

情報を生産するには、まず問いを立てることが肝心である、

という話につながります。

 

問いを立てるには、センスとスキルが要ります。

スキルは磨いて伸ばすことができますが、センスはそういうわけにはいきません。

センスには現実に対してどういう距離や角度を持っているかという生き方があらわれます。

 

こんな風に理系なスタンスで、センスという言葉を見事に言い表せるって

すごいなあ、とわたしはそこに感服してしまうのです。

 

そして、問いを立てる際に大切なポイントがふたつ挙げられ、

また、問いを解くというのはどういうことかが語られます。

(長文なので、省略しまくりですみません。)

それから、誰も立てたことのない問いを立てる、ということがオリジナルな研究に

なっていくということである、というお話に移っていきます。

 

オリジナリティとはすでにある情報の集合に対する距離のことを言います。

距離は英語ではdistanceですが、立ち位置のことをstanceと言います。

つまり自分の立ち位置からの遠さをdistanceというのです。 

誰も立てたことのない問いを立てるには、すでに誰がどんな問いを立て、どんな答を出したかを知らなければなりません。

すでに蓄積された情報の集合を知識として知っていることを「教養」と呼びます。

教養がなければ、自分の問いがオリジナルかどうかさえわかりません。

ですからオリジナルであるためには、教養が必要なのですが、教養とオリジナリティはしばしば相反することがあります。

教養は努力すれば身につけることができますが、オリジナリティはセンスです。

 

教養、オリジナリティ、センス。

まったく毛色の違う言葉のようで、すべてつながっているんですね。

オリジナルである、ということを確かめるためにも、証明するためにも、

たくさんの論文を読まねばなりません。

「先行研究の検討」です。

 

なぜなら、あなたの立てた程度の問いは、それ以前に、あなた以外のひとによって、とっくに立てられていると考えるところから、研究は出発するからです。

まったく誰も立てたことのない問いなんてめったにありません。

ですが「先行研究の批判的検討」をすることによって、自分の立てた問いのどこまでが解かれており、どこからが解かれていないかがわかるようになります。

そこではじめて、自分のオリジナリティが何かが、わかるのです。

 

おお、なんか「研究する」ということが詳らかになってきました。

 

この後、インプットとアウトプットについて、一次情報をいかに収集するか?

学問とは何かについての見解が続き、「情報生産者になる」ということはどういう

ことなのか、がまとめられていきます。

 

かつて研究したことがなく、きっとこれからもないであろうわたしが読んでいても、

研究の困難さの片鱗を知った気になり、その上で、なんとも言えぬワクワクする

魅力も感じるお話だったので、このブログを読んでくださっている学生さんにも

知ってもらいたいなあと思って紹介してみました。

卒業するために必要だから、とにかく卒論をやっつけないと、というのではなくて、

大学時代に、こんな風に研究と向き合えたら素敵やなと思うのです。

 

うまくまとめられておらず、ワクワクが伝わらなかったらごめんなさいね。