京都 四条高倉の占庭から

鵜の目鷹の目

そろそろお彼岸なので、今朝は知恩院さんへお参りしてきました。

祇園四条駅から日傘をさして、ぽくぽく歩いていたら、

暑いのは暑いけれど、風がさわやかでね。

お彼岸のころには、ちゃーんと涼しくなってくるもんだなあ、

って、毎年毎年、納得です。

そこから徒歩で占庭へ向かうと30分くらいかかるのですが、

今朝は初めて「岡崎ループ」というかいらしいバスに乗ってみました。

コミュニティバスのサイズなので、運賃も割安なのかと思ったら、

そこは市バスと同じ230円でした。あらら。

でも、空いていてありがたい。

四条河原町まで運んでもらって、そこから地下道を歩いてきました。

バスと徒歩で20分。

うん、こっちの方が早くてラクちんだなあ~

 

今日は占いと全然関係のない話を。

ここ1年くらいでしょうか。

「〇〇ファースト」っていう言葉をよく聞きます。

トランプ大統領は「アメリカ ファースト」と言っていたし、

小池都知事は「都民 ファースト」と言っていました。

「〇〇第一主義」ということなのでしょうけれど、それまで、そんな言葉、

「お客様第一主義」くらいしか聞いたことがありませんでした。

「お客様第一主義」はへりくだった印象があって、

そうか、そんな風に考えて、大事にしてもらえるのね。

という顧客の心をくすぐるものがありました。

まんざらじゃない、みたいな。

 

でも、アメリカファーストも、都民ファーストも、意味が違うでしょ。

うまくくすぐられてしまっているけれど、それでいいの?

と思ってしまうんですよ。

最近、はやりの「〇〇ファースト」は、

「〇〇さえ良かったらいい。ほかは知らない」

と言っているようにしか思えなくて、非常に利己的で品のない言葉だと感じます。

 

最優先される「〇〇」はいいかもしれないけれど、

後回しにされる人や物のほうが、きっとずっと多いはずなんですよね。

後回しにされ、ないがしろにされた人や物はどうなりますか。

滞り、不満を溜め、妬んだり、恨んだりするようになりはしませんかね。

誰だって、トクしている人を見れば、自分だけソンするのはイヤだ、と思う。

あの人がトクをするなら、自分もトクをして当然、と思う。

そうして、みんなが「自分だってトクをしたい」という欲に走ったら、

弱い立場の人をかばおうとか、折り合いをつけようとか、遠慮しようとか、

分け合おうとか、譲ろうとかいう気持ちは、尊重されなくなってしまいませんか。

そして、それは容易にいさかいに発展すると思うのです。

 

言葉には力があると思うので、そんな下品な言葉を

さも耳あたりのよいもののように遣わないで! と言いたいです。

違和感をもっている人は、きっととてもたくさんおられるはず。

 

そんな大きな社会的なものだけではなく、SNSとかでもね、

なんだか鵜の目鷹の目だなあ、って感じる人があります。

人間関係も「獲物」のように見えるんだなあ、この人には、って思うような。

どんなにうまくコーティングしていたって、人のこころには引っかかります。

あれ? と思うような、 え? と一瞬眉をひそめてしまうような、

皮膚感覚に近い嫌悪感があるものです。

ハッキリ理由を言葉では表せないけれど、あの人にはなんかこころゆるせない、

と感じることってありますよね?

そういうカンって、大切です。

 

しっかし、鵜の目鷹の目って、すごい言葉だなー

抜け目のなさ、鋭さ、そして、なんともいえないイヤな感じが

見事に表現されています。

これ考えた人、えらい。