京都 四条高倉の占庭から

イタズラ電話

でたらめな番号にショートメールを送りつけることから物語が展開したのは、

『残り全部バケーション』伊坂幸太郎でしたけど、

昔は、家の電話にそういうテキトーにダイヤルしました系の

イタズラ電話がかかってきたもんです。

最近そういうのが流行らないのは、固定電話が減ってきたのと、

ナンバーディスプレイ機能のおかげかな。

 

わかりやすいハアハアもんのイタズラ電話は問答無用で切るか、

受話器を放置しておけばいいだけのことで、

まあそんなに難儀なものでもありませんでした。

いまから思えば、なんとなく牧歌的な気さえしてきますね。

 

で、まあそういうイタズラ電話の中で、ひとりだけ、

大変オリジナリティあふれる青年がいたんですよ。

忘れられないなあ、あの電話。

それがかかってきたのは、さてわたしが幾つくらいのときやったかしら。

三十代後半だったでしょうか。

 

まじめそうな若い男性の声でした。

わたしが電話を取ると、

「あっ、あのっ、突然電話してすみません!ぼ、ぼく、ハヤシって言います!」

と名乗るので、林という名前の知り合いをつらつら思い浮かべましたが、

二十代前半くらいにしか思えない男の子は、誰も適合せず。

だれ?と思いながら「はあ」と気の抜けた返事をすると、ハヤシくんは、

「あ、あの、ほんとにすみません!

 ぼく、ぼく、お、、、奥さんの、し、下着を盗ってしまいましたっ。

 ほんとに、ほんとにすみませんっ!」

と言うではありませんか。

うそ~と思いながらも、なくなった下着があったっけ?と一応考えましたが、

そんなはずもなく。

だいたい、そんなお役に立てるような下着を干しちゃあいませんしねぇ。

 

「ぼく、ずっと見てたんです。いつも見ていて。

 お、奥さんがあんまりキレイなので、つい、下着を・・・・。

 ああ、ほんとすみません、すみませんっ」

とハヤシくんは謝り続けます。

 

宮沢りえ似の、めちゃくちゃ若くてキレイな奥さんがお隣さんだったので、

その人と間違えてかけてきたのかなあ、と思ったりもしたんですが、

それにしたって、電話番号を隣と間違えるのも道理に合いません。

 

当時、わたしが住んでいたのは5階建ての団地で、

3棟並んでいる、真ん中の棟の3階だったんです。

プライバシーを守りたくても守れないほど、人目のあるところでした。

そこを3階まで梯子をかけて登ってきて、下着を盗めたら、

それはそれで大した所業ですよ。

 

というわけで、イタズラ電話だというのは、すぐにわかったわけですが、

先に名乗るなんて、これ、どういう話にもっていこうとしてるのかしら?と

興味が湧いてきて、容赦なく切ってしまうのがもったいなく思えたわたしは、

成り行きを見守ることに。あ、違うな、聞き守ることに?

 

純朴そうなハヤシくんは必死に謝り、

「そ、それで、ぼく、盗ってしまった下着をお返ししたいんです!」

と、そうきたんですねぇ。

なるほど~ 新しいなあ~

と感心しながらも、

「ウチ、洗濯物をそんな簡単には盗れないようなところに干してるんだけど、

 どうやって盗ったんですか?」

と訊ねてみたんですよ。

どう簡単に盗れないのかの情報がないハヤシくんは、ウッと言葉に詰まりました。

それでも、そこで切ってしまうことはせず、

「え、、、それは、、、えっと、あの、、、し、、、四苦八苦して!」

と答えたので、わたしはもうこれはギブだ、、、、と、震える声で、

「返してくれなくていいので、もう二度とそんなことしないでください」

と言って電話を切りました。

そして、床に転がって大笑いしました。

 

四苦八苦して、って、、、、おかしすぎる。

笑いを堪えるのも、もう限界でした。

 

あの時のハヤシくんも、今はもうすっかり中年オヤジでしょうねぇ。

そんな電話をかけたことを覚えているのかしら。

かけられた方は、おかしすぎて覚えてるんだけど。

しかし、あのシナリオで成功したことあったんでしょうかね。

ハヤシくん、本名は何やったのかしら。

えっと、森とか?