京都 四条高倉の占庭から

親が離婚している。自分も離婚するのでは? 

四条大橋から遠く北の山々を眺めると、さすが春ですね。

晴れていても、ぼんやり霞んでいます。

霞かもやか、はたまた例のやつが盛大に飛んでいるのか、という季節です。

 

最近の占庭は、2月にあるまじきのんびりペースでして、

緊急事態宣言、効いてるなあ、という感じ。

それでも、おいでくださったお客さまから、

そんなことあんの!? という超タナボタ的ハッピー!話やら、

それはあまりにも失礼な!話など、

ただただビックリするしかない、というお話をお聴きすることが続いています。

一緒にうれしくなったり、言葉を失ったりで、いままで何度となく、

思い知らされてもきたことなんですけど、改めて、

信じられないようなことって、ほんとに起きるんだなあと痛感しています。

ほんまにいろんな人生があります。

そして、ひとりひとりそれぞれに懸命に生きてはります。

それを直に、見せて、聴かせてもらうことのできる占い師という仕事を通して、

どれだけたくさんのことを教えてもらったろうかと、ありがたく思います。

 

実はここのところ、いろんな角度からの

「結婚とは何ぞや?」

で、頭の中が「密」になっています。

そのなかのひとつで、以前からもよく訊かれることがあり、

ここのところ奇妙なくらい連続して話題に上がっていたことを

今日は書こうと思います。

それは、

「自分の両親が離婚していて、自分も離婚することになるんじゃないか? 

という不安がつきまとう」問題です。

これは、未婚、既婚を問わず、いろんな方から吐露されてきたお話です。

昔はそういうのを「因縁」とかよく言いましたよね。

わたしも昔、職場の人から、

「母子家庭三代続く、って言うよね」と聞かされて、

ええええ~~~~! と驚いたことがありました。

そして、えっと、わたしは何代目やったっけ? と考え、

ちょうど自分が三代目だと気づいて、ああ、わたしで終わるのか、

とほっとしたのですが、考えてみたら、わたしには息子しかおらず、

自分の子が母子家庭の親になることはないのでした。

 

で、話を戻しまして、結論から申しますとですね、

わたしは親が離婚してたら子も離婚、というつながりはないと思っています。

我が家の場合ですと、わたしの母には姉が、わたしには妹がいますが、

離婚していません。

わたしの母とわたしは離婚してしまったのだから、それじゃ、50%の確率?

というふうに考えることもないと思うんですよ。

遺伝するものじゃあるまいし。

 

世間では、離婚した親の子は、離婚に対するハードルが低いんじゃないか、

と思われる向きもあるようです。

が、それは逆に作用することのほうが多いんじゃないかと思うんですよね。

離婚のデメリットを身をもって知っていることも多いわけですから。

 

わたしもね、うら若き乙女だったころ、考えていましたよ。

結婚するのならば、仲のよい夫婦になりたい。

離婚は絶対にしない。

そのためには、ものすごく好きで何があっても嫌いにならない人と添いたい。

そして、子どもの前で夫婦喧嘩は絶対しない。

って。

それがわたしの思うしあわせな家庭像だったんですね。

だけど、それは難しそうだから、結婚はムリかな、とも思っていました。

ところが、死ぬほど好きな人と結婚することになり、紆余曲折あったものの、

子どももひとり授かりました。

夫だった人のことは、どんなにひどいことをされても、

言われても嫌いになれず、別れる気にも全然ならなかったのですが、

棄てられてしまってですね、呆気なくしあわせな家庭像は崩壊しました。

夫がいなくなってしまったので、子どもの前で夫婦喧嘩することもなく、

結果的に、婚前の決意が叶ってるところもあったりして、

人生、うまくいかないもんですねぇ。

 

しかしながら、わたしは自分の最初の結婚も、離婚に至ってしまったことも、

まったく後悔はしていません。

それらがあって、いまのわたしがあるのです。

なんかもう、全力を尽くした感があるくらいです(笑)

 

結局何が言いたいのかといいますと、結婚を望まれるのであれば、

また、すでに結婚なさっている方も含めてですが、

あらかじめ離婚の心配なんかしなくていい、ってことです。

親が離婚してるから、もしかしたら自分も・・・・

なんていう因果関係なぞない! と思いましょう。

あなたの人生はあなたのものであって、結婚も離婚もあなたの問題です。

何があってもその落とし前は自分でつけていくしかないんですから、

自分が選んだ人を信じ、愛し愛されて生きることを目指そうじゃありませんか!

 

誰でも心のなかに、いろんな不安を抱えていますよね。

その不安が暴走しないようにするには、自分なりに引き受けていくしかありません。

自分以外の人がどんなに励まし、大丈夫! と支えてくれたって、

その不安がすっかり解消することにはなりません。

結局は自分です。

何かコトが起きても、そんときゃそんときです。

生きていくって、それの連続でもあると思いますしね。

え~~~~! なんでぇ~~~~?! とジタバタしながら生きていく過程で、

自分自身がつくられていくわけで。

なので、このことに限らず、起こってもいないことに対する先回りの不安を

自ら育てていかないようしてね、とお伝えしたいのです。