京都 四条高倉の占庭から

占い師は不幸そう?

突如、水ナスのとりこになったワタクシ。

今朝も新鮮な水ナスをゲットするために直売所へ寄ったのですが、ない!

お茄子は山盛り、もうエエっちゅうほど売っているのに、水ナスはない!

悲嘆に暮れつつ、京阪電車に乗り「そうだ八百一、行こう」と思いつきまして、

三条通を歩いていましたら、今日は三条通で「京都アートフリーマーケット」という

イベントが開催されていました。

手づくり市のストリート版みたいな感じです。

陶芸品や、アクセサリー、布物など、いろんなブースが出ていまして、

道々、とっても楽しく見てきました。

ああ、ラッキーだったなー

なんかトクした気分です。

 

が、残念ながら八百一でも水ナスを発見できず。

よし、明朝は錦市場だ!

と、こぶしを握り青空に誓うのでありました。

この水ナス愛。どんだけ?

 

 

以前、お客さまが、

「占い師の人で、しあわせそうな人ってあんまりいないでしょ。

 あんまり不幸そうな人に観てもらうのは、ちょっとイヤなんですよー」

とおっしゃって、へぇ~~~と思ったことがありました。

そのお客さまは、

「けど、ここの占い師さんは不幸そうじゃなくてよかったです」

と笑ってはったので、ええ、ええ、わたしはしあわせですよ、と

一緒に笑ったんですけれどね。

 

今まで、いろんな占い師の人にも会ってきましたが、不幸そうな人が多いなんて、

考えたこともなかったので、その視点に驚きました。

けれども、しあわせいっぱいの人よりかは、苦労や困難が多い人の方が、

占いを必要とされているかもなあとは思います。

でも、わたしが占いに興味をもったのは、

自分が不幸だったからではないですけれどねー

 

それ以降、

そうか、占い師は不幸そうなのか。 ほんとに?

と考えるようになり、そういう目線で見てみると、

結構、両極端な気がしてきました。

しあわせオーラ全開で「わたしの愛で癒してあげるわ♡」みたいなタイプと、

「ええ、そうよ、どん底を見てきたわ・・・・」という雰囲気の方と。

どっちもいたはるなあ、という感じ。

で、わたしはそのどっちでもなくて、えらく中途半端な占い師であるなあ、

と苦笑する思いでありました。

 

しあわせオーラ全開の人のよい気を浴びて元気になれる場合もあれば、

まぶしすぎて目がつぶれそうに感じる時もあるかもしれません。

どん底どんとこいな人の方は、つらさをわかってもらえそうでもあるし、

あなたの悩みなんてまだまだよ、と思われそうでもありますねぇ。

やっぱり、どんな占い師がいいのか、っていうのは、人それぞれですね。

ゲストと占い師の相性もあると思いますし、一期一会だなあと、

また改めて思います。

 

あまたの占い師の中で、占庭のわたくしを選んでくださったというのは、

ほんとにありがたいことだなあとしみじみ感じています。

たまたま、通りすがりに、という場合も多いとは思いますが、

それも、たしかなご縁ですしね。

せっかくの機会です。誠意を尽くさねば、と思います。

 

さあ、今日もがんばろ。