京都 四条高倉の占庭から

「占ってもいいですか?」

昨夜の十五夜もきれいでしたが、今夜の十六夜の月も美しいです。

今年はお天気に恵まれましたねー

こんなにクッキリ、スッキリと堂々たる中秋の名月を愛でられるって珍しいです。

 

ここのところ、忙しくて、なかなかブログも更新できずにいました。

新規のお客さまが多く、しかも「占い、初めてなんです!」という方が

どうしてこんなに多いんだろう? と不思議に思っていたのですが、わかりました。

テレビでした。

占い師が芸能人などを占っているところを公開している番組があるんですよね。

そういう番組があるというのは知っていて、友人やタロットの生徒さんからも、

「おもしろいよ~ 見て、見て!」と勧められてもいたのです。

それ見たら、占いに行きたくなったりするの? と訊くと、

なるなる~~~! とのこと。

それは一度、見てみないといけないなあ、と思ったのですが、

ふだん、あんまりテレビを見ないので、そうは言われても、ついうっかり忘れて、

を繰り返していました。

先日、夫が「占いの番組やってるよー」と教えてくれて、初めて見られました。

 

人の占いって興味深いし、勉強になりますね。

占ってらっしゃるのを聞きながら、ふんふん、こういう星の人なのかな?

ああ、たぶんこんな運勢の年回りだったんだろうな、とか頭に浮かびます。

わたしだったら、もうちょっと違う伝え方をするかもなあ、

とシミュレーションしたりして、おもしろかったです。

心配していた過剰な演出などはされてなかったし、

対面の占いって、だいたいこんな感じよなあ、という印象で、

占い番組にありがちな胡散臭さや、やらせ感もなく、ちょっとほっとしました。

 

けれども、やっぱり占いって公開でするものではないなあ、とも感じました。

対面の占いのいいところは、誰にも言えなかったことや、本音や弱音を吐ける、

というところも大きいのでね。

あんな全国に放映されるようなところで、それはムリですもん。

 

それともうひとつ気になったのが「言い当てる」に注目されていたことです。

これもしょうがないとは思うんです。

バラエティ番組なんだから、キャッチーなところも必要なのはわかりますし。

対面の占いの経験のない人や、ふだんあまり占いに興味のない方などは、

占いって、過去の出来事を言い当てたり、未来を予言したりするもの、

と思ってらっしゃるんだと思います。

もちろん、占って運勢を読むことで、結果的に言い当てたり、予言したりしたように

感じられることが起こる場合もあります。

若い頃の運勢と中年期、老年期の運勢は変わっていくものなので、

過去はこんな感じで、いまはこう、そしてこういう運勢になっていきますよ、

というお話は占い師ならふつうにします。

けれど、それを「当てる」ことが占いの目的ではないんですよ。

運勢や持って生まれた才、性分を知ることで、今後の人生にプラスになるよう、

困難をできるだけ回避して、運気を活かしていってくださいますように、

というのが、占いの目的なので。

 

そう言えば、最近来られる初めてのお客さまは、

「悩みについて聞きたいのではなく、自分について教えてほしい。

 わたしってどんな人なんですか?」

とおっしゃる方が幾人もおられたなあ、と思い当たりました。

それは、言い当ててほしい、というお気持ちだったのかもしれないし、

テレビ番組のように、占い師が知らないはずのことを

サクサクと開示されて、驚かれたかったのかもしれません。

だとしたら、期待にはお応えできなかったかなあ。

おそらく、ネット検索して、怖くなさそうで、一番安い占いの店ということで、

占庭を選んでくださったのだと思うのですが、霊感系ではないもので。

 

占い番組で、占いに興味を持ってお店まで足を運んでくださるのは、

とてもありがたく、うれしいことです。

できれば、そこで、テレビには映らない対面占いの良さを味わっていただけたら、

もっとうれしいなあと思います。

 

しかし、テレビの影響ってすごいですねぇ。

占庭のような、こんな小さな占い店にまで及んでいるなんて。

きっといま、全国の占い店が活性化しているんでしょうね。

ほんとうにこの相手でいいのかしら?

朝晩、急に気温が下がるので、ちょっと、、、待って、待って、、、、

という気持ちになりませんか?

昼間はエアコンが要るくらいですのにね。

うっかり風邪をひいてしまわないよう、お気をつけください。

 

先週末、

「あ、この光景、ひさしぶり~」

と思ったのが、これから結婚式にお呼ばれなの、

という出で立ちの若い人を見かけたときのことでした。

そろそろ結婚披露宴も再開されてるということなんですね。

行きつけの美容院でも、今年は結婚式を始め、パーティは軒並み中止、

卒業式、入学式も簡素化、もちろん謝恩会もなしで、

着付けやセットがまったくなかった、と嘆いておられました。

来年の成人式はどうなるのか、それがいまから心配、とも。

占いのお客さまからも、新型コロナの影響についてはいろいろお聞きしていますが、

ほんとうにさまざまなところで、打撃を受けてらっしゃいます。

今後、世の中がどう変わっていくのか、未だに見えませんね。

 

さて、その結婚式ではなくて、「結婚」についてのお話です。

出会って、お互いに好意を持ち、交際が進んで、結婚が見えてくる。

ここまでは、みなさん、だいたいとても前向きなのですが、

いよいよ結婚へ向けて現実的に話を進める段階になると、失速しがちです。

そこで出てくる不安が、

「ほんとうにこの人でいいんだろうか?」

「もしかしたら、もっと自分に合った人がいるんじゃないかしら?」です。

それは、自分だけじゃなく、相手に対してもお考えになることがあって、

「ほんとにわたしでいいの?」という気持ちが湧いてくることもあるんですね。

 

この不安、結婚前だけではなくて、結婚後だって、

「ほんとうにこの人でよかったんだろうか?」

「わたしでよかったと思っているのだろうか?」

に変わってついて回ることもあります。

 

これねー 答えなんて出ないですよね。

そりゃ地球上には77億だかの人がいるわけで、その中でベストな人と添う、

と考えると、それは不可能だな、としか思えません。

一生の内に知り合える人の中で、と考えたって、膨大な数。

迷う気持ちも、後悔に似た気持ちになるのもわかるけれど、

それを考え始めたら、そこから抜けられなくなるんじゃないでしょうか。

 

結婚に何を求めるかも、人によって違うので、

何を「決め手」とするか? については具体的に表せないのですが、

わたしのなかに、ふんわりした答えはあります。

「ひとりで生きていくより、この人と一緒のほうがよさそう」

と思えるかどうか、かなと。

 

もちろん、長い間には、ひとりのほうがマシだったよ、

とガックリくることも出てくるかもしれません。

けれども、振り返ったときにトータルで、

 わたしひとりの人生よりも、この人が一緒でよかったんちゃう?

と思えたら、じゅうぶんだと思うんですよねー

 

たぶんね、誰と結婚したって100%満足ってわけにはいかないですよ。

それはお互いさまで、不平不満もありながら、それでも愛やら情があり、

助け合って生きていけたら、いい夫婦になれるんじゃないでしょうか。

 

あ、それから、結婚後についてですが、結婚してしまうと、

相手に対してどんどん減点が始まってしまうので、

加点することを意識しておかれたらいいと思います。

相手に加点していくことで、実は自分もハッピーになれるんですよね。

お互いがそうできたら、そのカップルは無敵だと思います!

「占いはなぜ当たるのですか」

台風10号が通り過ぎました。

九州方面のみなさま、ご無事ですか?

こちら関西でも、時折、強風が吹いたり、ザっと雨が降ったりと

不安定な空模様が続いています。

地盤の緩んでいるところも多いと思います。

どうかどうか今しばらく、ご用心くださいませ。

 

先日、鏡リュウジさんの『占いはなぜ当たるのですか』を読みました。

鏡さんが31歳だった1999年に書かれたものです。

そんな若いころにお書きになったとは信じられないほどの、

隙のない、完成された持論を展開されていて、

タイトルの問いに対する答えも、非常にクレバーで美しいものでした。

ただただ、すごいなあ~ と感心しまくりながら読み終えたのですが、

ふと、そもそも占いが「当たる」ってどういうことなのだろう?

という疑問が湧いてきたのです。

 

わたしも見料を頂戴して占っていますので、その占いが当たらないと、

それはやっぱりお話になりません。

ですので「占いは当たる」が、前提なわけです。

けれども、占いと予言は違うものなので、

「言い当てる」ことばかりが当たる占いというわけではないだろう、

と考えているところもあるのです。

 

占いは当たるものだというお考えの人は、占いを信じている人で、

占いなんて胡散臭いものだというお考えの人は、占いを信じていない人、

ってことですよね。

ここ半年の間、新型コロナについて、いろんな情報や憶測が

入り乱れて飛び交いまして、誰もが翻弄されました。

そして、その間の世間や、身近な人たちの考えを聞いてきてよくわかったのが、

「人は、自分が信じたいものを信じようとするんだな」ということでした。

占いも同じだなあ、と思うんですよ。

占いを当たるものと思いたい人は、聞いたり読んだりした「占い」の中に、

なんらかの啓示的なメッセージを見出そうとし、

現実の日常や心情と相通じるものを当てはめようとされます。

占いを当たるものとして楽しみたいからですね。

 

占いアンチの方も同様に、占いなんて当たらない、ということを信じてらっしゃる。

そんな根拠のない、非科学的なものに左右されるのは滑稽だと思われるのでしょう。

強烈なアンチの方は、占いは人を不安に陥れることもあるとか、

人生を狂わされる人だっている、と憤りや不安を露わにされる場合もあります。

そうですね。

実際に、かつて占いで身を滅ぼしてしまった人もおられたのでしょう。

けれどもそれは、おそらくごく少数の、特殊な占い師によるものではなかったか、

と思いたいところですが。

 

いずれにしても占いは生活に必須なものではないですし、占いを当たるものとして、

信じる・信じないは、個人のお考えで、どっちだっていい、と思っています。

そもそも、わたし自身は、占いが「当たる」かどうかということを

それほど重要視していません。

(いい加減に占ってるってことじゃないですよ。真剣にやってます。)

それに、ゲストの方だって、占いだけでものごとを決められるなんてこと、

ないですしね。

 

雑誌やネット記事などで「今月の〇月生まれの運勢」的なものを読むときって、

今月の自分のムードみたいな、ふわっとしたものを読み取ろうとしますよね。

何かを期待したり、励まされたり、時には気分を引き締めたり。

が、よほど印象的なことが書かれている場合以外は、すぐに忘れてしまいます。

それでもつい読んでしまう、というのがそういう占いの楽しみ方。

 

一方、個別の占いはまったく趣向が違います。オーダーメイドですのでね。

こちらは、ゲストの方が、自分のことを話される、というのが一番の違いです。

ご自身の状況、心境、不安、願望、計画などをまずお聞かせいただきます。

時には、怒り、悲しみ、後悔、戸惑いなどのお話を伺うこともあります。

それらのお話を聴いた上で、ではどういう占術を使って、どういった占い方をし、

どのようなお話をお伝えすることができるのか、を占い師は考えます。

 

けれども、占いの話に至る前の時点で、ゲストの肩の荷が軽くなることは、

ままあります。

先日も「予約しただけで、もうだいぶスッキリしてたんです」と

来られた時にはすでに明るい表情になってらっしゃった方がおられました。

話をしている間に、気持ちの整理ができて落ち着かれ、

占いがオマケみたいなものになる場合もよくあるくらいで。

 

いま抱えている、このやり場のないキモチを誰かにぶちまけたい、

と思ったとき、

< 誰でもいい むしろ全然知らない人に話したい > という人もあれば、

< ある程度自分のことを理解してくれている人に聴いてもらいたい >

という人もあります。

同じ占い師をリピート利用される方は、後者ということです。

どちらにしても、持ち重りのする感情や、どうしようもできない状況などを

誰かに話すことでちょっとラクになる、ということが、

個別の占いの大きな効用なのだろうと思います。

「当たる」ことが第一というわけではないというのは、そういうことなのです。

 

とはいえ、やはり占いは「当たる」前提でないと成立しないのもたしかですしね。

わたしは、「当たる」たびに「占いって不思議ですよねぇ~」

とお客さまと一緒に驚いてしまう、ちょっとおかしな占い師ではありますが、

これからもよい占いができるよう精進したいと思っています。

テレワークはつらいよ

今年は猛暑ながら台風の発生が少なかったんですが、

9号に続き10号と、大きな台風が上陸するので心配です。

一昨年、関西に上陸した台風があまりにも怖くてですね、

早めに養生をしておく大切さを身に沁みて知りました。

みなさま、週末はどうぞご用心くださいね。

 

先日、リモート占いでお話していたリピーターさんが、

「なんか仕事のやる気が出なくて、気持ちが落ちてしょうがないんです。

 もう辞めてもいいや、なんて気持ちも湧いてきて。

 特に何があったわけでもないんですけど」

とおっしゃるので、そんな年だったっけ? と今年の運気を観てみました。

けれど、メンタルに影響がありそうな星が来ているわけではなく、

むしろがんばれる年回りだったので、煮詰まるようなことはないはずなんだけど、

なぜ? と考え、思いついて訊ねてみたのが、

「最近、しょーもない雑談とかしてますか?」でした。

タロットの生徒さんからも、テレワークのしんどさをお聞きしていて、

ひたすらお家でお仕事っていうのも大変だなあ、と感じていたところだったので。

 

通勤しなくていい、というのは、誰しも「楽じゃん!」と思いますし、

周りに気を遣わずに、自分のペースで仕事ができるのは気楽そう、とも思います。

満員電車で消耗している人、困難な人間関係を抱えながら働いてらっしゃる人、

また、いまの時代もまだあるのかどうかわかりませんが、

お茶くみや、掃除などの雑務に追われることが多い人など、

テレワークになれば、それらが一掃できるようなお気持ちになったかもしれません。

中には「あの人(上司・同僚・部下)の顔を見なくて済むだけで天国だ!」

という方もおられるかもしれませんね。

というような、それらのメリットもあるんですよね。

 

じゃあ、デメリットは何なのか?

やっぱり意思疎通がしにくいとか、結局は出勤もしなくてはいけなくもなるとか、

っていう、直接仕事に関わることもあります。

けれど、テレワークが始まってからの予想外なダメージは、

《 何ということのないコミュニケーションがなくなった 》

ということだったようなのです。

 

特にひとり暮らしの方は、誰とも喋らない日が続いたりします。

仕事に関する連絡は、メールが主で、電話でも必要最小限のことになっていきます。

いま別に話す必要のない、どうでもいい話をわざわざメールや電話でする、

なんてことはまずありません。

これまでなら、朝夕の挨拶ついでに、暑いねとか、昨日電車でさあ~ とか、

意識していない日常のちょっとしたやりとりがあったわけですよ。

いわゆるムダ話ですね。

それらは仕事には関係ないし、なくてもいいようなもの、と思われていました。

煩わしさだってあったろうそれが、実はとてもいいすき間だったのだ、

ということがなくなってみてわかった、というお話でした。

 

ひとり暮らしでなく、家族のいる人であれば、

テレビを見ながらの雑談とかもできるでしょ、と思われるかもしれません。

会話に関しては、たしかにそう。

けれども、家族がいたらいたで、いままでとは違う長い時間を

共に過ごすことになり、さらに社会的な「仕事」が生活に混じってきます。

その上、自粛が原則なので、のびのびもできず、気持ちもふさぎがち。

となると、周りに対して心の余裕も持てなくなり、ギスギスもしてくるんですよねー

ひとりでもつらいし、家族がいてもつらい。

いずれにしても、日常が一変してしまったことに対する戸惑い、

先行きの見えない不安など、仕事以外のストレスが乗っかってきます。

 

まじめな人は誰の目もない自宅だからこそ、サボってはいけない、

と自分を追い込んでしまうし、

仕事が進まなかった日は、ムダに過ごしてしまった気がして落ち込んだりもします。

けれどね、職場へ出勤して働いていたときに、就業時間内、一切無駄口をきかず、

ひたすら集中して仕事はしてらっしゃらなかったはずなんです。

あんまり仕事が進まなかったからといって、一日の終わりに罪悪感に苛まれる、

なんてこともなかったでしょう。

人はロボットじゃないから、ずうっと同じ集中力で休みなく働き続けることは

できないし、体や心の調子に左右されることだってあって当然です。

気分転換をしたり、たまにはサボったりするからこそがんばれる、

ってところもあるんですよね。

 

いまする必要はないけど、なんとなくしてる会話が、大事だったこと、

そして、それがとてもいい仕事をしてた、ってこと。

たまの飲み会だって、めんどくさいなー と思うこともあったけど、

やっぱり「できない」となると、それは貴重な時間だったとも思えるそう。

なるほどなあ。

組織で働く、というのは、そういった人間関係についてまわる良し悪しと

折り合いをつけながら、その場での役割を果たしていく、ってことなんですねぇ。

 

先のお客さまは、

友だちに誘われて、ええ~~~、、、と思いながらやってみたオンラインゲームが

すごくいい気分転換になった、

とおっしゃっていました。

そういう一見、生産性のなさそうな、時間のムダと言われたらそうかも、

っていうようなことを楽しむ、というのがいいんですね。

 

ひとりでお店をしていて、仕事の大半が雑談みたいなわたしには想像できない

コミュニケーションのツボを教わったのでした。

リモート占い

今日はぽっかりまったくご予約が入っていなかったので、

後ろめたいキモチになりつつも、臨時休業することにしました。

この暑さを無事に越すためにも、体力を温存しておかねばだ、

と自ら言い訳チックにモゾモゾしながら。

 

そろそろ夏も終わりで夏物も投げ売りになってるかもー

と思って、昨日ユニクロに寄りましたら、すっかり秋モードになっていて、

いやいやいや、これはまだ見てるだけで暑いって、、、、

とぐったりしてしまいました。

そして今日はダイソーで、ハロウィングッズを見て、またぐったり。

全然、心構えができていませんってば、、、、と訴えたいです。

 

たしかに夜になれば、虫たちはもう秋の音になっていますが、

日中は体温超えでありまして、その落差についていけません。

えっと、毎年、こんなでしたっけ?

今年はいろいろとイレギュラー過ぎて、季節感が捉えられてないのかもしれません。

 

先日、お久し振りのお客さまとリモート占いしながら、いろいろお話ししました。

たくさんのお客さまから、

 京都へ行きたいけれど、もし、万が一感染してしまったら、

 「どこへ行っていたの?」ってことになるので躊躇してしまう。

という声を聴いています。

お仕事によっては、そのあたりが厳しい方もおられますし、

国がいくらGoToと号令を掛けたって、おおっぴらに、

よっしゃ! GoGo! ってわけにはいかないのが現状で。

もちろん遠方から来てくださる方もおられまして、

葛藤もあったでしょう、と思うと、いつもに増して、ありがたく思います。

 

手相を観るときは、ほんとはてのひらを触りたいんです。

丘の弾力を確かめたいので。

けれども、いまはそれも憚られるので、触れずに観せていただくだけにしています。

みなさん、マスクをしてらっしゃるので、人相も観づらい。

どうしても気になるときは、

「一瞬、マスクを外してもらってもいいですか?」

とお顔を観せていただいたりもしています。

そう、占いだって、とってもやりづらくなってるんですよー

 

リモート占いのときはマスクが要らないので、

表情が見えるというのがいいですね。

ふだん、マスク生活でリップを塗らなくなっているので、リモートの前に、

そうだそうだ、リップを塗らないと顔色悪いよ、と慌てたりします。

これって、新しい生活様式に慣れてるってこと?

なんかうれしくないなあ~

それでも、そこそこ適応していかねばなりません。

実店舗で対面占いは難しいけれど、リモートなら可能、

というのは、超便利なことでもあるので、利用していかないと、

と重い腰を上げるよう叩いてもいます。

 

リモートでの占いは、ZoomかMeetで対応し、

見料のお支払いは事前振り込みをお願いしています。

お振込みは手間なので、ここをもうちょっと簡便にできればいいのですが、

当面はいまの方式で続けさせていただきます。すみません!

 

ご希望の方がいらっしゃいましたら、詳細につきましてはメールかお電話で、

お問い合わせくださいませ。

理屈ではなく理性でつき合う

お盆休みも今日で終わり、というところが多いでしょうね。

わたしはジャティック(道路交通情報センター)の高速道路の渋滞情報を

見るのが好きなんですけど、今年はそれほどひどい渋滞は出ていませんでした。

今日なんてどこもガラガラ、って感じです。

我が家も「今年は帰ってこなくてヨシ」とのことで、帰省はしていません。

お盆休みに旅行というのも、いくらGoToと言われても、

なかなかできにくいのが現状です。

そこへ、突然の猛暑でしょう。

最高気温が40℃! なんてどんな冗談かと思いますよね。

日中、街中のアスファルトを歩くのは、危険なくらいです。

ということで、京都の人出もぐっと減っています。

 

昨日は「コロナがなければ今年こそ京都へ行こうと思ってたのに・・・・」

というお客さまと、Zoom占いをしました。

Zoomでの占いで困るところは、同時に喋ると聞き取りにくくなることと、

通信状況やデバイスの性能によって画像が固まったり、音声が途切れたりすること。

同時に喋っても同じ音量で聞こえたら言うことないんですけどねー

けれども、お顔が見られるというのがとてもいいんですね。

どういう表情で話してらっしゃるのか、電話ではわかりませんし。

 

で、昨日、出たお話からひとつ。

どうも相性がよくないと思われる相手と、どう関わっていくようにすればよいか?

ということについてです。

双方の生年月日から観て、どこが地雷なのか、どういう接し方が無難なのか、

などについてはお話しできます、ということは、

いままでもこのブログで何度か書いてきました。

関わるのが難しい相手であれば、なるべく距離をおく、

というのが、実際には一番手っ取り早いのですが、職場の人たちや近所づきあい、

お子さん関係や親族などになると、そうもいきません。

 

今回のケースは、価値観に大きなズレのある人だけれど、

同じことを協力してやっていかねばならない、

という相手との関わりについてでした。

お互いが、よいと思うことを誠実にしていたとしても、

お互いのよいと思う「やり方」や「接し方」が違っていることはままあります。

すると、

なぜあなたはそうするの? 

という疑問が湧きます。

人によってはそれが不満になったり、時には怒りに変わることもあるでしょう。

が、どちらもが誠意をもってやっているのであれば、

「どっちがほんとうに正しいのか」という観点では白黒つけられないんですよね。

人間関係だけでなく、どちらの正義も間違っていない、

ということは、世の中に少なくありませんものね。

 

そこで今回の相性の場合は、

なあなあでガマンし合っていても解決しない、

という組み合わせだったんですね。

だましだましやり過ごしていってOK、という組み合わせだってあるのですが、

この方の場合はそうではなくて。

なので、自分はこういう気持ちでやっている、ということを伝えたほうがいい。

伝えた上でお互いが違うことをお互いが認識する、というのが一番の解決法でした。

統一を目指すのではなく、違うけれど、こうするのはこういう理由だから、

と理解を求めるわけです。

もちろん相手にも自分に倣ってほしいとは要求しません。

 

でも、これ、難しいですよね。

どう伝えたらいいのか、迷うところですが、今回の組み合わせの場合は、

「理屈ではなく、理性で話し合ってください」

というのがポイントでした。

理詰めで「こっちのほうが正しくない?」という応酬になってしまうと、

そもそも価値観にかなり違いがあるので、収拾がつかなくなってしまいます。

ですので、お互いが同じ筋で納得しようとするのではなく、

お互いの立場や性格を理解するために、理性的に違うことを話し合う、

というのがベストでしょう、ということなのです。

理屈と理性は、そんなに違いがないように思いますけれど、

話し合う場合、理屈が先に出ると理性が追いつかなくなる場合もあります。

そうなると理解には及ばず、関係は改善していきません。

なので「理屈じゃなくて、理性で」と頭において話すことで、

つい相手を説き伏せようとしてしまいそうになったとき、ブレーキが効いて、

物別れになりにくいのです。

 

まあ、そうしたところで相手がはたして違うことを認めてくれるかどうか、

難しいところではありますが、どうしても関わらざるを得ない相手であるならば、

どちらか一方のガマン・忍耐に頼っていては、いつか破綻してしまいます。

ぶつからずに穏便に、ではダメな関係の場合は、

相手にあった対処法を講じていかねば身が持ちませんしね。

マウントを取ってもいけないし、おもねる必要もありません。

人対人は、立場や年齢は違っても、基本的には対等です。

対等だからこそ、相手を尊重する気持ちも必要なんですね。

 

人は、相手に尊重されていない、と感じると頑なになったり、

我を失ってしまったりします。

突然キレる人なども、そういう理由によることが多いんじゃないでしょうか。

相手を尊重して話を進めることができれば、よほどどうしようもない人でなければ、

だいたい話は通じると思います。

全部通じなくてもだいたい通じれば、なんとかなります。たぶん。

人間関係においては、

だいたいでも、全然通じないよりはだいぶマシ、

と思っておくくらいでいいのだと思います。

占い師の適性

電車や街中で「あ、Go Toの人だな」と思うことが増えました。

けれども、思ったほど、人出が激増してるという感じではなくて、

いまは出たくない、とお考えの方も多いということなのでしょう。

今朝は四条大橋の上で、テレビカメラ(?)の撮影をされてました。

ニュース用かなあ、と思って見てたんですけれどね。

 

こうして、どうでもいいようなことをブログに書いているのですが、

毎日お読みくださる方が、一定数おいでになる、ということに、

いつも驚きつつ、感謝しています。

ほんとうにありがとうございます!

だって、いまの世の中、ネットには文章があふれかえっていますでしょう?

どうどうと流れる大河のように押し寄せるほどの膨大な情報のなかで、

よくこのブログを読んでくださっているなあと、不思議に感じるのです。

書いたものを万人が目にすることができるところへ流す、

って、考えてみたら、恐ろしく無謀なことですよねぇ。

自分が若いころ、こういう環境だったならば、

痛々しい心の雄たけびみたいなものを陶酔とともに吐き出していたんじゃないかと

思います。

しばらく経って読み返したら、

ぎゃー! と叫んで、身も世もなく後悔の念に苛まれる、

という失敗を数限りなく繰り返していただろうな、とも。

そう考えると、まだノートに書きなぐるしかない時代でよかったような気もします。

いやいや、いずれにしても、人生は恥かき道中であろうとは思うわけですが。

 

新型コロナの自粛生活が、緩んで以降、タロットレッスンを希望される方が、

増えてきました。

これは、いつか習いたいなー と思っているところに新型コロナで生活が変わり、

いつかとか言うてたら、このまま習いに行けなくなってしまうかも。

またいつSTAY HOMEに戻るかもしれないし、今の内に!

とお考えになったのかなあと思います。

あるいは、家にいる時間が増えたときに、今後のご自身の将来を考え、

 副業で占い師もアリでは?

 占い師なら体力は要らないし、年を取ってもやれそうでしょ?

と思われた方もあったようです。

 

タロット占いは、ほかの占いに比べるとマスターするのが易しいとは思います。

もちろん奥は深いので、すぐにスラスラとリーディングできるわけではないですが、

自分で占いをする入口としては入りやすいはずです。

ときどきお客さまから「占い師になれそうですか? 向いてませんか?」

と訊かれることがあります。

生年月日で占ってみて、占い師の適性がありそうな星かどうか、

というのもあるのですが、それよりももっと大事なのは、

「人の話が聴けるかどうか?」ではないかと思っています。

ラクになれるよう、アドバイスをしてあげたい」というような、

”話してあげたい” スタンスは、実はあまり占い師には必要ないですね。

 

ちょっと考えてみてください。

見ず知らずの占い師に、アドバイスされたいですか?

それよりは「とにかく占いでわかることを教えてくれ」と思いませんか?

それに、占い師の話を聴きたいという方よりは、

自分の話を聴いてほしいという方のほうが、ずうっと多いんですよ。

現状を説明し、理解を得た上で、

いまのわたしは、これからのわたしは、占い的にはどうなのか?

を訊きたい、という方が大半です。

もちろん、何度かおいでになって、すでに信頼関係ができている場合は、

話を聴きたい、というスタンスでおいでになる方もおられます。

おられますが、その場合も、やっぱり聴いてほしい、のほうが勝っているものです。

ですので、占い師になりたいなあ、と思ってらっしゃる方は、

ひとの話をよく聴くようになさるといいと思います。

否定したり、お説教したりせずに、相手が話したいだけ全部を聴いてみてください。

ひとの話を聴くことをおもしろいなあと思えて、

占いが好きで勉強する熱意がおありなら、占い師の適性はかなり高いです。

占い師という仕事は、ほんとうにいろんな生き方や考えを

たくさんたくさん聴くことができる、とてもおもしろい職業です。

霊感や、特殊な能力がなくてもなれます。

占い師になりたい! という意欲と度胸があり、お話が聴ける人であれば、

道は開けるんじゃないかと思いますよ。