京都 四条高倉の占庭から

コンテンツになりたい?

4月から2ヵ月休業してる間、いろんな方が生存確認の連絡をくださったり、

自粛要請解除が出るころには「いつから再開ですか?」と尋ねてくださったり、

ほんとうにありがたいことでした。

もうこのままお店をたたむ可能性もあるかも、と思っていたのですが、

やっぱりひとまずは再開して、今後がどうなっていくのかを見届けよう、

と気持ちが強くなりました。

みなさまには心から感謝しています。

 

6月2日火曜日から占庭の営業を再開いたしますが、当面は、

① その日のご予約のお客さまが終了しましたら、早じまいします。

② 前日までにご予約がおひとりもいらっしゃらない場合は臨時休業とします。

という具合にやっていこうと思っています。

ですので、お手数ですが前日までにご予約いただき、マスク着用で、

おいでくださいますようお願いいたします。

勝手を申しましてごめんなさい。

 

 

さて、本日のタイトル「コンテンツ」についてです。

わたしはツイッターで、興味のある方を広範囲にフォローしています。

占いに限らず、「おもしろい!」「かわいい!」「なるほど!」「それはいい!」

などを集めているわけですが、たのしいです。とっても。

そのたのしいなかで、うーーむ、、、、と考えたことが、

この「コンテンツ」ってことなんですね。

 

フォローし始めたころは、それほどたくさんのフォロワーさんがいなかったのに、

ちょっとしたキッカケから、爆発的にフォロワーさんが増加した、

という方が、いままでに何人もいらっしゃいました。

 

最初はね、うれしいんです。

そうなの! みんなもわかってくれたのね! っていうファン心理で。

だいたい、フォロワー数が4桁くらいまではそういう気持ちでいられます。

だけど、5桁、6桁となっていくと、そのアカウントは、

元々の「人」が見えなくなっていくことが、ままあります。

 

それくらいのフォロワーを集められるとなると「ビジネス」にしませんか?

という話も出てくるんだろうなと思うんですよ。

それは、ちっとも悪いことではないし、そもそもがそのために始めた方だって、

たくさんおられると思います。

フォローし、応援していた人が、そうして”成功”されるのを見るのはうれしい。

 

ところがですね、ビジネスになっていくと、その人が気分のままにツイートする、

ということがしにくくなっていくんでしょうね。

ビジネスに結び付けてくれた誰か、どこかの意向を汲んだり、

激増したフォロワーさんの期待にそうように、嫌がらせや中傷に遭わないように、

と配慮したツイートに変わっていくのが、淋しく残念で。

それはもうSNSの宿命っちゅうか、しょうがないことなんだと思うんですよ。

だけどね、そうなると、その人はもう個人ではなくコンテンツになってしまいます。

結果、興味関心は急降下してしまい、そっとフォローを解除することもありました。

 

もちろん、コンテンツになっても、魅力が衰えない人もおられます。

また、どんなにフォロワーさんが増え続けても、ビジネスに寄らず、

ひとりひとりに誠意を尽くそうという方もいらっしゃったのですが、

それはそれで、くたびれが見えて心配になってしまうこともありました。

 

いまは「イイネ!」の数で、ウケているかどうか、

流れをつかんでいるかどうかがわかる世の中です。

その「数」で見えるというのが、良し悪しなんですよねぇ、きっと。

数は一過性&流動的です。

一度、数をつかんで認知されたら、それを保ち続ける「期待」という枷を

はめられてしまう、もしくは自分ではめ込んでしまうこともあるのだと思います。

みんなから求められ、認められ、褒められるコンテンツになることは、

素敵なことなのかもしれませんが、それを継続させていくことで、

自分の言動を測るものさしが、気まぐれな他人のものさしに取って代わられることも

ありそうに思います。

そうならずにいられる人は、自分も周りも客観的に測れるものさしを

芯に持ってらっしゃる、ということなのでしょう。

 

こういう時代にあって、うまくコンテンツを使いこなせる人、

もしくは逆に、望まれるコンテンツの枠に収まらない人が、

浪費されず、風潮に左右されない魅力を放ち続けられるのかなと思います。

 

コンテンツになるには、才も運も必要です。

それはとてもすごいことだけど、わたしはあんまりうらやましく思えないんですよ。

なんだかたいへんそうだなあ、と思ってしまうので。

3回目のZoom雑談会もたのしく

昨日、3回目のZoomで雑談会をしました。

3回とも、時間制限なしで長いことおしゃべりできて楽しかったです。

昨日は、関東在住の方ばかり3名ご参加だったんですけど、

1,2回目よりもツッこんだ話が多くて、和やかでありつつ、

なかなかエキサイティングなひとときでもありました。

 

いつも、簡単な自己紹介(お互い初対面の方ばかりなので)と、

何かひとこと添えてもらうお題を考えていまして。

1回目「最近食べておいしかったもの」

2回目「最近おもしろかったこと」

3回目「最近ビックリしたこと」

でした。

3回目の最近ビックリしたことなんですけど、わたしの場合はですね、

ラジオで昔の童謡の「めえめえこやぎ」の唄を聴いたことです。

もうショーゲキでした。

童話で、実はとってもエグいお話、ってのが多いですけれど、

童謡もたまに愕然とする歌詞だったりするんですよね。

なんともかわいらしい「めえめえこやぎ」ですが、3番の急転直下がね、

ギョッとします。

お時間ある方は、ちょっと聴いてみてください。

 https://www.youtube.com/watch?v=5ld2qBBV8Yk

いやもう、なんというか、そんな無邪気にうたわれても・・・・・

ってなりますよね。

 

まあ、最初はそんなふうに、雑談を始めていきまして、

”ちょっと聞いてほしい”

”尋ねてみたい”

”意見を聞いてみたい”

というような話題が出てきて、 井戸端会議風になっていくんですよね。自然に。

たのしいです。

 

その中で、尋ねられたのが、

「みゆきさん、なんで最近短歌なんですか(笑)」

ってこと。

その昔、仕事がヒマでしょうがないときに、短歌や川柳を賞品目当てで

懸賞に応募したりしてたんですよ。

公募ガイドとかよく買ってました。

でも、全然そういうのもしなくなっていたので、

何か作るキッカケがほしいなと思っていたのです。

それでまた、お風呂でぼーっとしてるときに、

そうだ、お風呂で毎日ひとつずつ考えるってのはどう?

と思いついてですね、それをツイッターにUPすることにしました。

短歌って、ことばとリズムに向き合いながらつくるものなので、

ことばを見つめ直すことにもなるかなー と。

毎日つくってると、その内、うまくなるかもしれないし、

という欲も最初はあったんですけど、そうじゃないなあと思い始めて。

 

わたし、武田百合子さんが好きなんですけど、なかでも『富士日記』が大好きで。

日々の生活の断片をちりばめたような、まさに日記で、

何のてらいもない文章がすごくすてきなんですね。

何をいくらで買ったとか、こんな昼食にしたとか、そんなことが、

なんでこんなに胸を打つのか、よくわからないんですけど、

その場や、その時代、そこにいた人、季節、なんかが、

すーっと見えてくるように感じられるんですよ。

そこで、わたしも富士日記みたいな短歌を!

と考えるほどには厚かましくないので、

さすがに百合子さんを目指そうなんてしてないですけど、

等身大で、そこにあるものを詠めばいいんじゃないか、と思ったわけです。

カッコよくなくてもいい、ヘタで当たり前、笑われてもいい、

ことばを大事にして、ひとつずつつくっていこう、って。

自分でノートに書き留めるだけだと必ずや続かないだろうと容易に予想できるので、

ツイッターに上げる、というプレッシャーを自ら用意(笑)

 

こういうことをやろうと思えたのも、もしかしたら自粛生活のオマケですかね。

ちょっと興味が湧きましたら、フォローしてやってください。

https://twitter.com/uranaishimiyuki

わー でもやっぱ恥ずかしいなー これ。

営業再開のお知らせ

関西の緊急事態宣言が解除になりました。

なんだかまだおっかなびっくりなのですが、

6月2日(火)から、店舗での営業を再開することにしました。

 

当面は、ご予約のお客さまが終了しましたら、そこで営業終了とし、

前日までにご予約がおひとりもない日は、休業することにします。

どうぞご予約の上、マスクをしていらしてくださいね。

ゆるゆる、ぼちぼちの再開です。

メール、電話、Zoomでの占いも、引き続きお受けいたします。

 

第2波、第3波は必ずややってくると思うので、

その時その時で、臨機応変にやっていくしかありませんが、

できるだけ安心安全を優先したいと思っています。

仕事も生活も大切ですが、元気でなければそれもままなりません。

そのあたりの折り合いのつけ方が、難しいところですね。

 

いつも利用している図書館も、予約図書の受け取りができるようになり、

昨夕、行ってきました。

特設カウンターがしつらえてあり、かなりものものしい警戒ぶりで、

利用者のなかには「ここまでしなくても・・・・」とおっしゃる人もあるそうです。

けれども、そこで働く方の安全も、利用する人の安全も考えてのことですしね。

そうしてでも再開してくださっていることがありがたいです。

 

それから、またZoom雑談会を5月25日(月)13時から行います。

4~5人くらいまでがちょうどよさそうなので、そのあたりで。

通信環境とか、デバイスの性能とかの関係で、フリーズしてしまったり、

ということもあるのですが、その場合は、映像をミュートして、

音声だけにすると大丈夫なようですよ。

そういうことも、やってみてわかってきました。

習うより慣れろ、ってことですねぇ。

 

今朝は、2ヶ月ぶりくらいで、ヨーガの少人数レッスンがありまして、

行ってきました。

広いスタジオに、先生と、生徒が2人だけ。

窓を開け、うんと間隔も開けてのレッスンです。

気持ちよかったです~

先生も、

オンラインもいいけれども、対面のレッスンには代えられない、

と涙ぐんでらっしゃいました。

ほんとうに。

その気持ち、痛いくらいわかります。

いろんなことが少しずつ解除されていきますが、

また一気に逆戻りしないように、用心も怠らないようにしましょうね。

人見知りってなんだろう

ロクに春コートを着ないままに夏の気温になってしまいました。

今年の夏は猛暑だなんて話もあって、真夏にマスクはキツいよなあ、、、、

だくだくの汗がマスクにしみこんでいく様をつい想像してしまいます。

その前に、むしむしの梅雨もあるわけですけれどね。

 

Zoomで雑談しませんか? と問いかけたときに、

「人見知りなもんで・・・・」と遠慮される方が、結構いらっしゃいました。

ふだん、とても社交的に見える人でも、

 実は人見知りなの、、、

とおっしゃる方、多いんですよね。

あれ、不思議だなあ。

が、かく言うわたしも、かつては人見知りだったよなあ、と思い出しました。

最近は、初対面の人と話し込むのが仕事だもんで、

さすがに人見知りではないな、と自覚もしています。

 

では、自分は人見知り、と思ってしまうのはなぜでしょうね。

 

・知らない人と何を話したらいいかわからず混乱する。

・そもそもまともに顔を見られない。見られるのもイヤ。

・誤解されそうな気がする

・ドキドキして落ち着かない

・そのままの自分でいられない

・ドッと疲れる

 

みたいな感じでしょうか?

 

知らない人と対面することは、大きな刺激です。

刺激=ストレスですし、それに対してどれくらい警戒心を持つかは人それぞれです。

いわゆる危機管理ってやつですね。

警戒心よりも好奇心が勝る場合は、そこを突破する勇気も出てきます。

そう考えると、どれくらい興味を持てるか、もカギとなるのかもしれません。

 

わたしがだんだん人見知りでなくなってきたのは、

人を占うようになったことで、たくさんの人と会い、要するに場数を踏んで慣れた、

というのがまず第一ですね。

どんな刺激だって、繰り返せば慣れてくるのは道理で。

 

それとは別に、人間関係や信頼関係を作ることを急がなくなった、

というのも大きいです。

誰だってひと目でどんな人かわかるはずはないので、急に信頼はできません。

お互いがそう。

時間がかかるんです。

なので、最初は知ってもらうよりも知る努力をします。

そして、自分はできるだけありのままでいます。

エエ恰好せずに、そのままを見てもらって、判断をゆだねます。

このゆだねる、っていうのがミソなんですね。

(そういえば、最近、ここがミソ、っていうの聞きませんね)

相手が警戒しているから、もうちょっとやさしい感じで寄り添ってみよう、

と相手をうかがう姿勢になってしまうと、こちらのありようがブレます。

よかれと思って飾ったり、おもねったりすると、

相手のほうも気を遣ってしまうんですよね。

お互い疲れてしまって、その上、どういう人かイマイチわからなかった、、、

ってことになります。

だから、ただ素直に心を開くだけでいいのだ、とある時気づきました。

 

そこから先は相手まかせ。

どう感じ、何を信用し、どんな判断を下すのかは、相手次第なんですよ。

もし、誤解されてしまうようなことがあったとしても、

こちら側に誤解させてしまう何かがあったのでは?

と心配しなくていいのだと思います。

不安になるとどんどん、自分を責めてしまうし、消耗してしまいます。

 もっとわかりりやすく言えばよかったのかしら。

 わたしの理解が足りなくて傷つけたかも。

という考えの中に入ってしまうと、自分のペースを見失ってしまいます。

そうなると、相手の考えばかりを優先するようになり、

自分の言いたいことは飲みこんでしまう。

そんな経験が重なると、初対面の人と関わることは難しく、めんどくさい、

と尻込みしてしまうようになるのもしょうがないことです。

なので、相手がどう思うか、どう感じるかは、相手の器量によるのだと、

丸投げしたらよいと思うんですよ。

そう。わかってもらえない場合は、人のせいにするんです。

ええ、こっそり心中でね。

 

第一印象はたしかに大切ですが、表面的な見た感じがすべてでないことは、

ある程度、年を取ってきたらわかります。

最初に素の自分をそのまんま出すのは勇気が要ることかもしれませんが、

一旦、装って出してしまったら、それを続けなければなりませんし、

それはそれでしんどいです。

うまくしゃべれないのであれば初めに、

「わたし、緊張しちゃうと、まともにしゃべれないんですよー」

と言ってしまうのが一番いいです。

それが言えたら苦労はしない! と思われるかもしれませんが、

一度、清水の舞台から飛び降りるくらいの気持ちで言ってみてください。

そのひと言で、相手はそのつもりで接してくれるし、

誤解されることを恐れなくて済みます。

それだけでもずいぶん心が軽くなるはずです。

 

人見知りは基本的な防衛本能でもあるので、悪いことではないですよね。

けれども、そのせいで興味のあることにも尻込みしてしまうのであれば、

少しずつ取り除いていったほうがいいと思います。

なるべく素の自分で立っておくというのは、正直に生きられるということで、

いろんな面でプラスになることが多いです。

正直に生きられたらこんなラクなことはないですしね。

ウイルスと共生

昨夜、お風呂に入っていて考えたんですけどね。

というか、新型コロナが蔓延するようになってから脳裏をかすめてたのが、

ナウシカ腐海に入るときに、ガスマスクをしてた姿。

腐海であっても、あのマスクでOKってことですよね。

いま、新型コロナウイルスの特効薬とかワクチンとかの開発が、

世界中で進められていて、みんなが心待ちにしているところです。

そういうことって、特殊な知識や技能のある人にお任せするしかない。

どうかがんばってください、とお願いし、応援することしかできません。

でも、ナウシカのマスクみたいな防御するものの開発は、

もっと広い職種や技能を活用できるんじゃないかしら? ってことなんです。

もちろん、これは、わたしのくだらない妄想なので、

こいつアホやな、と思って読んでください。

 

今回のコロナ禍で、世界は変わるだろう、と言われていますよね。

ただ不景気になるだけじゃなく、経験したことのない転換を求められる、

というのは、なんとなく一般市民にも感じられます。

今後、コロナだけじゃなく、また違う疫病や、地球環境の変化などで、

いままでのようなごくふつうの生活は望めなくなるかもしれません。

その際に、疫病を退治する、環境問題を解決する、

では、どうにもならない事態も出来してくるんじゃないかと思うんです。

そう考えたときに、ナウシカのマスクが思い浮かぶわけです。わたしの場合。

いつの時代かには、高機能&オシャレな防菌マスクをみんな着けるようになるとか。

いやいや、マスクだけではだめかもしれなくて、

全身を覆う防菌スーツが開発されるとか。

そうなると、それがどれくらい快適であるか、カッコイイかが問題になります。

しっかり防菌しながら通気性は保たれてて、

いや、それどころか空調機能なんかついてたりするかもしれない。

いかにスマートに、自分らしく防菌スーツを着こなせるか、

なんて情報がファッションサイトで流れて、

人気ブランドが来年の春夏防菌スーツコレクションを発表したりしてね。

変化を受け容れるためには、そこに愉しみや文化やムーブメントがなくちゃね、

ってことで。

 

防菌スーツやマスクを使わないのであれば、どうするか?

飲食店や、劇場やライブハウスは、カプセル型のパーソナルスペースにする。

音声は聴こえて、コミュニケーションはとれるけれど、空間としては遮断されてる。

これはハラスメント防止にもなりそう。

飲み会や接待で、酔っぱらってなれなれしくボディタッチしたり、

無理に飲め飲めとお酒をついだりできないですもんね。

 おおお、これはいいんじゃね?

 

というようなことをお風呂上りに夫に話しましたら、

おもしろがるどころか、脱力とも落胆ともつかない表情で、

「オレはふつうに楽しみたいよ」

と言われてしまいました。

 

そんなことわかってるよ。

みんなそう願っているんだよ。

ね。

Zoomで雑談会報告~

なんだかよくわからないままに手を出してみたZoomですが、

徐々にわかってきました(笑)

初心者同士で、あーだこーだ言いながら手探りで(無茶苦茶)やってみて、

基本的なことはできそう! というところまできました。

もう20年くらい前、職場でパソコンを使い始めたころは、

何度もエクセルを暴走させ、どうしたらこんなことに・・・・?

と周りの人に呆れられたものです。

なぜそんなことになるかというと、

えっと、これかな? こっちか?

とためらいなく、いろいろと押してしまうから。

そんなに向こう見ずな性格でもないのに、なぜそうなるのか、

自分でもよくわかりません。

けれども、わからないから、苦手だからと尻込みしたままでは、何も始まらないし。

 

あ、そうか。

何も始まらないのがイヤなんですかね、わたし。

 

4月から占庭の店舗営業を休みまして、それこそ何も始まらない日々となりました。

同時期にお休みになったヨーガのレッスンは、4月下旬から先生のご厚意で、

Zoomを使った無料オンラインレッスンが始まりました。

先生は、生徒さんの健康が心配だし、お顔も見たい、ヨーガもやってもらいたい、

という思いから始められました。

これをバージョンアップして有料レッスンに、というお考えは今のところないです、

とおっしゃいます。

習う側からしますと、先生のお時間も頂戴しているわけで、

タダというのは、ありがたいけれど心苦しい面もあります。

 

それでも、先生のお考えは、とてもよくわかります。

占いだって、対面とオンラインでは、全然違います。

もちろん、そこを上手に工夫してやっておられる方もいらっしゃいますし、

要はオンラインであってもゲストの方が満足されれば、

まったく問題はないわけです。

でもわたしはどうしてもそこで二の足を踏んでしまう。

だけど、わたしにも何かできることはないだろうか、という思いもあってですね、

自分自身がモタモタ、モヤモヤしてるのもイヤでした。

 

で、

 むやみに出歩けず、その代りヒマはいっぱいある。

 家族以外の人との会話の機会が激減。

 息が詰まる。気が滅入る。

ということでですね、ガス抜きができたらいいなあ、と

いまする必要のない、どーでもいい雑談をしませんか? の会をしてみよう、

と考えました。

 

初回は平日の朝9時半に設定したのですが、参加希望者がゼロ。

 仕事だし。

 まだ起きてへんわ。

という声もありまして、それじゃ日曜の夕方ならどう? と再設定しましたら、

4名の方が参加表明してくださり、昨日、やってみました。

 

本来、無料で使えるのは40分までらしいのですが、昨日は母の日ということで、

Zoomさんのサービスで1時間以上、お喋りできました。ラッキ~!

3名の方は占庭のお客さま。

おひとりはメール占いのみだったので、お顔を拝見するのは初めてで。

北海道にお住まいなので、こんな機会でもないと、ご対面の機会はなかったかも。

そして、わたしも初めましての方がおひとり。

なんと、手相家で漫画家の卯野たまごさんがご参加くださいました。

ビックリ!

いままで面識どころか、まったく何の接点もなかったのに、なぜー?

でもうれしい!

雑談会が始まると、卯野さんが参加されていることに、他の方が気づき、

えええ~~~~! と驚きながら、とても喜んでらっしゃいました。

そりゃそうですよねぇ。超ラッキーですよ。

 

どうでもいい話をするはずが、占い師が2人ということで、

話題は自然に占い関係についてが多くなっていきました。

それがとってもとっても楽しくてですねぇ。

時間のムダ遣いのようなどうでもいい話をするはずが、

なんかとっても有意義なひとときとなったのでした。

卯野さんはじめ、勇気を出してご参加くださったみなさまのおかげです。

感謝感謝!

 

卯野たまごさんは、現在は個人鑑定はされてないそうですが、

手相講座などは開催されているようです。

こちらの手相に関する連載も、とっても興味深く、読んでいて、

そうそう! と思うところがいっぱいでした。

手相が気になる方は、ぜひお読みください。

おもしろいですよ。

https://mi-mollet.com/search?keyword=%E5%8D%AF%E9%87%8E%20%E3%81%9F%E3%81%BE%E3%81%94

 

こういうひょんな形でお知り合いになることができ、 

 いつかお会いして、占いっこしましょうね!

という楽しみな目標もできました。

うれしいなあ。

やっぱりなんでもやってみないと始まらない。

それをまた体感した昨日でした。

 

みなさん、ありがとうございました!

またやりますね~

Zoomでやってみよう

先日、オンラインで雑談会をしたいなあということを書きまして、

調べたり、いろんな人に訊いてみたりもして、

やっぱりZoomが使いやすそう、ということで、テストをしてみました。

まず、家族でやってみて、友人ともやってみて。

で、スマホで参加される方もおられるだろうということと、

会議ではなく、雑談するだけのことなので、4~5人までがよさそう、

ということもわかりました。

 

手順としましては、

① 開催日時を告知

② 参加を希望される方へ送るメールアドレスを教えてもらう

③ 招待メールを送る

④ 開催

という感じかな。

Zoomは、3人以上で使う場合、無料利用できるのは40分までらしいので、

制限時間で終了。

 

開催日時は、ツイッターhttps://twitter.com/uranaishimiyuki)や、

FBページ(https://www.facebook.com/uraniwa.miyuki/?modal=admin_todo_tour)で

告知しますので、ご興味のある方はご参加ください。

 

そうそう、数日前に占庭のFBページを作ったのですが、

予想を上回る多くの方にフォローしていただき、感謝感激です。

ありがとうございます!

 

新型コロナの影響で店舗営業を自粛してから、

「オンライン占いはやらないの?」とよく訊かれます。

占いについては、やっぱり対面が最良だというのはよくわかっているので、

現在、一時的にしている、電話占いとメール占いまでにしておこう、

という気持ちに変わりはないんですよね。

ただ、Zoomは1対1での利用だと、時間無制限のようなので、

タロットレッスンをオンラインで、ということはやれなくないかな、

と思っているところです。

いままでも遠くて通えないので、オンラインレッスンはできませんか?

という問い合わせは何度かいただいていましたので、

ご希望があるならば、一度試してみるのもいいかなあ、と考えています。

この様子では、対面での占いやレッスンを以前と同じように再開できるのは、

いつになるか知れません。

再開できずにこのままフェイドアウトということだって考えられますし。

 

わたしは占いが大好きですし、占い師という仕事は天職だとも思っています。

けれどもその”天職”というのは、

「お金を稼ぐために一番自分に向いている仕事」という意味ではないんです。

「社会の片隅で、自分にしかできないやり方で、自分らしい役割を果たせる」

と思える仕事であるということなんですね。

あ、なんかちょっとカッコつけたようなことを言うてしまいましたか。

すみません。でも本心なんですよ。

 

できれば占庭をこれからも続けていきたい。

けれど、自分らしくないやり方で、生業として続けていくのは本位ではありません。

何を甘っちょろいことを、と思われるかもしれませんが、

わたしにとっての占いや、占い師であるということは、

生活とは違う自分の部分でやっていることなんです。

週に4日だけの営業で、見料もレッスン料も格安でやってきたのは、

もちろんそれで生活を成り立たせなければならない立場にないからできたことで、

支えてくれている伴侶には感謝しかありません。

かつて伴侶がいなかった頃は、ふつうにフルタイム働いて、子どもを育て、

仕事後や休日に占いのお客さまと会っていました。

どういう環境にあっても、その時、その時の、わたしらしい占いの仕方、

自分で納得のいく誠意の尽くし方を考えながらやってきたつもりです。

ですので、今後の占いに関する仕事のありようも、自分なりに考えていきたいです。

もちろん収入がなくなるのは困るので、以前のように、別の仕事に就いて働き、

その合間に占いを続けるということに戻るかもしれません。

えっと、何が言いたいかといいますと、

占い師専業でやっていくことが目標ではなく、

好きな占いをたのしみながら続けていくことと、

お客さまに喜んでいただけるように、

を両立しながらなんとかやっていけないか、

と探りながら進みたい、ということです。

元々、人気占い師になりたいとか、大金持ちになりたい、という野望もないですし、

実際、なれるわけもありません。

わたしはわたしの身の丈で、やれることを誠実にやり、

笑いたい時には笑って、イヤなことは断れる暮らしがしたい。

そのために、ブレずにいたいのです。