京都 四条高倉の占庭から

大丈夫です

毎年、夏になると楽しみにしているもののひとつに、

金鳥のラジオCMがあります。

去年、一昨年の「金鳥少年」、最高でした。

早熟な女子・高山さんに翻弄される、いまひとつイケてない男子・大沢くん。

高山さんの計算された小悪魔(と言えないほどの老練さ)的言動に、

毎度毎度しどろもどろになる大沢くんが哀れでもあり、かわいくもあり、で。

今年はもう「金鳥少年」はないのか~ と残念だったのですが、

またそれを上回るようなキャラが出現していました。

 

今季のシリーズは「殺虫剤占い」。

なんと今年は「占い」がやってきましたよ。

 

www.kincho.co.jp

 

この占い師役の女の子が上手い!

あるある。こういうたたみ掛ける系の、圧のある占い師さんね。いはるわ~

「あー もうわかった!」と言われ、こうまでキッパリと断言されると、

すごすごと退散するしかないですよねぇ。

 

こましゃくれ口調、スピード感、こなれた関西弁。

金鳥、今年も、裏切りませんでしたね。

ブラボー!!

 

さて、いまどきの若い人は「大丈夫です」を多用されますよね。

いつごろから増えてきたのかは、もう定かではないんですけれど、

やんわりと、

「大丈夫ですぅ~~~」

と言われることが実に多いです。

占庭にご予約のお電話をいただいた時など、ご希望の時間枠がもう埋まってた場合、

それをお伝えすると、

「大丈夫ですぅ~~~」と言って、そのまま切ってしまわれることがあります。

最初は、

 ええっ? 何が? 何が大丈夫なの? 

 埋まっていても行きますってこと?

 他の日時に変更するってこと?

と困惑していたのですが、慣れました。

 

彼らが使う「大丈夫です」は「それならば結構です」という意味なんですね。

「じゃあいいです!」という強い断りよりも「大丈夫です」の方がやわらかく、

相手に対して失礼がないだろうとお考えなのだと思います。

そこからノーサンキューのニュアンスを感じ取って、っちゅうことですわ。

なんかこの「察しようよ」という空気。

時代を感じますね。

 

まあ、なんとなくNOなんだなと伝わる場合は問題ないのですが、

「大丈夫」というのはもともとは安心させるような意味合いなわけで、

ニッコリ「大丈夫です」と言われたら、NOではなくOKと取れる場合だって

結構あると思うんですよねー

 

「二次会行ける?」

「大丈夫です」

だと、わたしなんかは間違いなくOKだと思ってしまいますもん。

 

だいぶ慣れてきたとはいえ、若い人の「大丈夫ですぅ~」を聞くと、

 えっと、それは否定? 肯定? どっち??

と、ちょっと緊張が走るワタクシであります。

(一応、キンチョウつながりでまとめてみました)

占いはツールのひとつ

先日の葵祭は好天に恵まれて、暑いくらいだったようですね。

いまの時期、京都の和菓子屋さんでは、

鮎をかたどったお菓子がたくさん並んでいます。

〇〇の鮎とか、若鮎の〇〇とか。

京都でお店を始めて八度目の夏。鮎を描いた店頭POPを見掛けると、

ああ、夏だなあ~ と感じるようになりました。

占庭のすぐそばの大極殿さんにも「若あゆ」があります。

こちら、パッと見はよくあるカステラ菓子のようなんですけど、

中にもっちりした求肥が入っていて、おいしいんですよ。

 

占庭は占い師はわたしひとりだけですし、週に4日しか営業していません。

それでも、細々と7年間やってきたからでしょうか、

最近はいわゆる「まとめサイト」で紹介されていることがあります。

ああいうのって、お金を払って載せてもらうものだと思ってたんですけど、

違うんですねぇ。

まったく知らないところで、意外なまとめられ方をしているもので、

なんか居心地の悪いキモチになったりもします。

無料で広告宣伝をしてもらっているようなもので、感謝すべきなのでしょうけれど、

「いや、ウチ、そういう雰囲気の占いの店じゃないねんけどなあ・・・・」

と思うこともあり、それを見て興味を持って来られる方がおられたなら、

とてもその期待には応えられそうな気がしないんですけどーーーー

と思ってしまうわけでして。

 

サイト等で「占い」というくくりでまとめられると、当然のことながら、

「当たるの?」

ということが第一関心事なんですよね。

 まったく当たらない占いほど意味のないものはないので、

そりゃそうだなあとは思うのですが、それが

「未来を当てられるのか?」

に絞られると、それはなかなか困難だと思っています。

「将来、わたしはどうなりますか?」

と問われて、具体的に断言するなんて、わたしにはとてもできません。

占いを「未来を予言するもの」と捉えられると、困ってしまうんですね。

わたしの占いは、あくまで「運命」は予め定まっていない、という考えのうえで、

おひとりおひとりの運気を観て、生まれ持った「才」・「運勢」を

いかにご自身の希望に沿う形で使っていくのがよいか?

というスタンスでお話ししています。

 

占いとのつき合い方は、人それぞれだと思うのですが、

予言的に未来を「当てられるのかどうか?」というスタンスではなく、

ツールとして捉えていただくと非常にありがたいです。

「占いを信じる」・「占いは信じない」の二択ではなくて、

「ツールとして使うこともある」を入れていただければなあ、と思うのです。

 

ただ、タロットカードで占う場合は、カードが暗示する未来を

読み取ってお伝えする、ということになりますので、

生年月日で占う場合に比べると、やや予言的になります。

けれども、そこにも将来起こりうることに対しての、

注意点や、対策のよすがになるメッセージもあるので、

まったくの予言というわけではないんですね。

 

というようなことをお読みいただいて、

へぇ~~~ そっか。そういう考えなのね。

と思って占庭へいらしてくださると、ガッカリされることもないんじゃないか、

と、こうしてブログをつづっているわけなのです。

「何がやりたいの?」と訊かれても

今年もがんばって越冬してくれたアメリカンブルーが咲き、

オリーブのつぼみは丸々とふくらみ、アボカドがぐんぐん葉を増やし、

ミニトマトは色づく手前。

我が家の狭いベランダにも夏が訪れようとしています。

山の木々の緑も深くなってきましたね。

 

占庭は5月はなんだかゆっくりしているので、

ちょっとどこかへ旅にでも行きたい気分です。

どこがいいかなー? と考えてるだけでも楽しいもので。

旅先でちょこっと占い師をやってきてもいいかな。

いや、やっぱり旅は旅だけを愉しむほうがいいでしょうか。

 

さて、今日は仕事の選び方、働き方、ひいてはそれが生き方にも通じていくのかな、

ということを考えてみました。

このブログでも、個人個人の適職や、働く上での優先順位のつけ方、

仕事と生活とのバランスはどのあたりに設定するとよいのか? 

などについては、いくつか書いてきましたが、

今日は占いを介さない、というか、それ以前のことについて。

 

仕事を選ぶ時、まず最初に訊かれるのは、

「何がやりたいの?」

ですよね。

誰でもが言いがちなことなのですが、そこが明確に定まっている人って、

ほんとうにごく少数だと思うんですよねー

それならば、逆に「これは絶対イヤ!」「どうしてもムリ!」

と思うものは何か? から考えてみてもいいのかなと思います。

 

給料とはガマン料だよと、よく言われますが、選択する時点では、

どうしてもイヤなことや、ムリなものは除外していいでしょう。

じゃないと、ますます何がやりたいのかわからなくなってしまいます。

 

もうね、ふんわりでいいんです。考え始めは。

実際のところ、最終的な「コレがやりたい!」

が見つからない人だって多いのだから、

ギチギチに自分を追い詰めなくて大丈夫。

それに決めるかどうかは別にして、

「これならできるかな」

「ちょっとおもしろそうかも」

のあたりから徐々に絞っていきます。

でも、ここでもざっくりでいいです。

ざっくりでいいのですが、せっかく考えたことを忘れてはもったいないので、

必ずメモを取っておきましょう。

(このメモは大切なので、そこいらの紙の切れっ端ではなく、

 できたらちょっといいメモ帳やノートがいいですね。)

 

それと並行して、どう生きていきたいかなあ、

とこれまた、ぽやぽや~ っと考えてみる。

地元で暮らしたいか、生まれ育ったところではない土地で生活したいか、

いっそ海外はどうか、家庭をもちたいか、子どもが欲しいか、不動産を得たいか、

大金持ちになりたいか、そこそこの生活を確保できれば満足なのか、

趣味を愉しみたいか、仕事で成功者になりたいか、

など、思いつく限りのいろんな切り口で。

ここでは、できそう or できる気がしない の予測はせずに考えてみましょう。

 

で、次にそれらをふんわりと意識しながら、どう働きたいか?

を考えてみる。

サラリーマンか、フリーランスか、経営者になるか、商売をしてみるか。

また、何を自分の「ウリ」に据えるかも考えてみましょう。

資格を活かすか、技術を活かすか、何らかの自分の得意分野を活かすか、

年月をかけて経験を武器にしていくか、など。

 

そうして、ふんわりざっくり考えていると、

なんとなくの「像」がほわほわっとできてきます。

そこから、信用できる人たちの助言を受けたり、当たって砕けたりしながら、

「採用してもらえるところ」ではなく、まずは、

不本意ではない仕事」を得るよう、努力しましょう。

 最初から、天職に就ける人なんて、めったにいるもんじゃありません。

天職になっていくことはありますけれどもね。

なので、最初っから唯一無二の「天職は何なのか!?」

と気張り過ぎなくていいのです。

 

何をしたらいいのかわからない。

別にやりたいことなんてない。

 

という人は多いです。

そういう人は、覇気がないとか、意欲がないと言われてしまうけれど、

そんな人ばかりではありません。

職を得たら、そこで誠意を持って、精一杯の努力ができる人も、

その中には含まれているのです。

 

仕事で自己表現をしたいと望む人ばかりでもないですしね。

 

「どうせ自分は大したことができるような人間じゃないから、

 誰かの願いを叶えるお手伝いがしたい」

というような人もおられます。

 

また、

「自分がこの仕事をすることで、誰の生活が少し良くなったり、

 楽しくなったらうれしい」

という方も。

 

こういうスタンスは非常に利他的な選択のように見えますが、そうではないですね。

なぜなら、そこでご自身は確かな存在価値を感じられるだろうし、

力強い社会貢献につながってもいきます。

 

世の中の人がみんな、何かを成し遂げたいとか、成り上がりたいとか、

認められたい、なんて思ってるわけじゃないんだし、

そこを目標に掲げる就職ばかりでなくていいんです。

ただ、生まれたのであれば、死ぬまでの間に、何らかを社会へと還元していく、

ってことは生きる上での大事な役割のひとつでもあります。

まあ、それは生きていくなかで、意図せず果たしていくものなのでしょうけれど。

 

そうだなあ。

一生の折り返しをとうに過ぎたワタクシ。顧みて、

いったい何を社会へ還元できただろか。

と考えるに、自慢できるようなことはないですねぇ。

耳の奥の「毛」

ゴールデンウィークも今日までですね。

我が家も9連休のヒトがおりまして、こっちまで曜日感覚がくるってしまい、

いったい今日は何曜日? 何のゴミの日? と毎日確認する始末でありました。

明日からまた日常が戻ってくるかと思うと、ホッとするわけですが、

日常に戻りたくない人も、たくさんたくさんおられるのでしょうねー

 

ゴールデンウィークも何ら関係なく、いつも通りに出勤していた今朝、

バスで後ろの座席に座っていた若い女性のイヤホンから、

盛大な音漏れが聞こえてきました。

背中を向けているわたしにまで漏れてくるほどの音なので、

さぞかし爆音で聴いてらしたんだと思われます。

 

以前に、音が聞こえるのは、耳の中に音を感じる「毛」のようなものがあって、

それらが音を感知し、音を認識できるのだと読みました。

で、その「毛」は大きな音を連続して聞いていると、

壊れたり、抜けたりしてしまうのだそうで。

おまけに、その損なわれた細胞は再生しないのだというのです。

外へ近いところは高い音を、奥の方は低い音を感知する細胞があるそうで、

外へ近いところの方が、音に曝されやすいので損傷しやすい。

なので、老化とともに、高い音から聴こえにくくなってしまう、

ということなのだとか。

これを読んだとき、

騒音のひどい職場で長く働いていると、年を取ったときに難聴になりやすい、

と聞いていたことは、そういうことだったのかー!

と、非常に納得できる答えを得た気持ちになりました。

大きな音から耳を守ってやらねばならないなあ、とも。

 

わたしたち(50代)世代が若いころは、音楽やゲーム機を持ち歩いて、

常にイヤホンで聴く、という習慣はありませんでした。

というか、そういう機器がなかったですしね。

でも、いまの若い人たちは、それが当たり前の時代に育ってこられています。

それが耳に大きな負担となっている、なんてことはあまり知られていないし、

体感もされていないでしょう。

音漏れするほどの大きな音を聴き続けるのは、周りに迷惑とかってことよりも、

自分の身体の将来にダメージを与えているということを知って、控え目にする、

ってことの方がよほど大事かと思います。

 

先日、ラジオで、ある有名ミュージシャンの方が、

「ライブツアーの最中とか、毎日のように大きな音を聴き続けるので、

 仕事以外に音楽を聴きたい、という気持ちにならなくなるんです。

 爆音に曝され続けると耳が死んだようになるので、

 ちょっと無音に身を置きたいというか、耳を休ませたい、

 という気持ちになって。」

と話してらっしゃいました。

 

「だから、ライブに音を和らげる耳栓を着けてこられているお客さんを見ても、

 イヤな気持ちになんてならないです。

 ああ、耳を大事にされてるんだなと思うくらいなので、

 遠慮なく着けてください。」

とも。

 

これ、わかるんですよねー

ライブからの帰り道に、耳がキーーーーン! っていうてることありますもの。

最近は、

 あ、耳の毛が傷んだかも・・・・

とか、つい考えてしまいます。

 

電車の中でイヤホンを着けているたくさんの人たちを見ていると、

いまの若い人たちが老人になるころには、

みんなイヤホン型の補聴器を着けてたりするんちゃうやろか? 

と思ってゾッとしてしまったりするんですけど、

考えてみれば、40年後、50年後には、補聴器も進化してるやろし、

もしかしたらその感覚毛も移植が可能になったり、

もっと画期的な治療法が見つかってたりしそうだな、と思い直したりもして。

 

耳だけじゃなく、メガネが要らない高性能な眼とか、

いつまでも白く美しく、虫歯にならない歯とか、

花粉などの有害物質はシャットアウトする鼻とか、

何それサイボーグ? みたいなカラダが標準になる日も来るのかもしれないなあ。

 

なんてことをつらつら考えながら、バスを降りたのでありました。

 

ええ、本日もありがたいことに実に平和です。

 

 

※ 一応、参考になる記事を貼っておきますね。

  ご興味のある方はどうぞ。

style.nikkei.com

 

「有名になりたいですか?」追記

 あ、そうか。

 もうゴールデンウィークに入ったんだ。

と、なんだか呆気にとられる4月末。

月日が流れるのは早いですねぇ。

 

毎年ゴールデンウィークは遠方からのお客さまが増えるのですが、

近場の方はあまり来られないので、それほど忙しくはならないのが常で。

今年の占庭もそんな感じかなあ、というところです。

お天気は中盤にちょっとぐずつくようですけれど、前後はよいようですし、

お出掛けの予定がある方も多いことでしょう。

 

先日、「有名になりたいですか?」というブログを書いたのですが、

それについてもっと占い的なことを知りたかった、という声を頂戴しましたので、

追記いたしますね。

 

有名になる or ならない は、生まれた日で決まっているわけではありません。

どんなによい素質や運勢をお持ちであっても、

それを生かそうとするかどうか?

有名になりたいと望むかどうか?

というあたりで、そもそもの岐路が現れます。

 

たしかに、いかにも有名になりそう人だなあ、という命式はあります。

 エネルギーにあふれていて、常人にはやれないことができそうな人

 アイドル星をお持ちだったり、キラキラした世界にマッチする人

 世のため、人のためにハードに働いていかれるのだろうなあという人

などの星があって。

 

では、どういう分野で有名になるのか?

政治家、スポーツ選手、芸能人、作家、学者、実業家、芸術家、思想家、

などなど。

それぞれの分野に見合った、向き、不向きの星っていうものもあります。

 

ですので、占いで有名になれるかどうかをお答えするならば、

どういう分野で、何のために有名になりたいと思ってらっしゃるか?

といったあたりをお訊ねし、それらの希望・要望に沿ったお話しをしていく、

ということになります。

 

そうそう。タイミングも重要です。

勝負に出る時期を

 どれくらいの年配に設定するのか?

 どのような状況下に設定するのか?

です。

それらのよい時期、うまくいかない時期が必ずあります。

 

また、特殊な時間枠が人によって、あったりなかったりするので、

そのタイミングによっては、本来、有名になるような星ではない方であっても、

うまくフワフワした運気に乗って、実力以上のものを入手する場合もあります。

大スターになったり、億万長者も夢ではありません。

ただ、このフワフワ運気で掴んだものは、その運気が消える前に、

元の状態へ戻さねばならない、という鉄則があるのです。

実力で掴んだのではないものは、うたかたと消える、ということなんですね。

そこで、執着心を出したり、姑息な策を弄したりするならば、

運気は手のひらを返してしまいます。

やっぱ実力勝負でないと続かないよ、というわけ。

シビアです。

要するに成功に近道はない、ってことなんですよねー やっぱり。

有名になりたいですか?

数日前の四条大橋からの風景です。

もう川床の設置工事が始まっているんですよねぇ。

毎年、これを見て、

 

 えっ! もう? 夏が来るの?

 あ、その前にゴールデンウィークが・・・・

 

と、愕然とするわけですけれどね。

季節が巡るのは早いですねぇ。

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さて、占庭で多い質問事項の№1は、

「わたし、結婚できるんでしょうか?」

 です。

これについては、ブログでも何度か書いていますので、おいておきまして、

結婚できるでしょうか? - uraniwamiyuki’s diary

意外な質問について、今日は書きますね。

 

意外とはいうものの、何度か受けたことはあるので、

わたしにとっては、すごく意外な質問、ということかもしれません。

それは、

「ボク、有名になれますか?」

「ビッグになりたいんです!」

です。

 

生まれてから一度も、有名になりたいと願ったことがないものですから、

  えっと、それは何のために? 

というところから訊ねなければなりません。

これらの質問は、なぜかすべて数少ない男性のお客さまからでした。

女性からは、いまのところおひとりも聴いていません。

おもしろいですね。

 

で、その「有名になりたい」です。

有名になるメリットってどんなことがあるのかしら?

と考えてみました。

 

 知名度が上がることで収入に結びつけることができる。

 チヤホヤされるようになる・一目置かれる存在になる。

 名を残せる。

 本来やりたかったことに着手できるようになる。

 自分の思い、願いを広く知らしめられる。

 

うーーーん、、、、これくらいしか思い浮かびません。

他にどんなイイことがありますでしょうかー?

 

ビッグになりたい、の方は、ひと言でいうなれば、

「すごい!」と思われたい、というところから始まっていくように思います。

そこに全部が詰まってるというか。

 

そう考えると、それを願う若い人の気持ちが、ちょっとわかるような気もします。

平々凡々な一市民で生を全うするよりか、そこになんらかの足跡を

残せるものなら残してみたい、という思い。

上昇志向や、自己顕示欲だけではない、そこはかとない希望を持つって、

悪くないです。

せっかくなんで、そこを占い師に訊いてみよう、というのもおもしろい。

もちろん、占いである程度のお返事はできますし。

 

が、ですね、有名税という言葉があるように、有名になることで受けるデメリットが

これまたいろいろとあるんですよねぇ。

顔が知られていると、どこへ行っても注目されます。

それで、いろんな優遇を受けることもあるのでしょうけれど、

いちいち反応され、いまの時代ですとスマホで写真を撮られ、SNSに上げられ、

あずかり知らぬところで、好い感情も悪い感情もぶつけられてしまいます。

なんかもう、いつも見張られているような気持ちになるんじゃないでしょうかねー

自由を阻害され、息苦しいことだろうなあと想像します。

 

また、出る杭は打たれ、出過ぎた杭は伐り倒されたりもします。

そっちの対応・対策も必要となってきます。

たいへんだなあ。

とても有名になりたいなんて思えない・・・・

と考えて、はたと思い出しました。

 

わたしは中高生時代を校則を破るとか、遅刻するとかが一切ない、

実にマジメそうな生徒として過ごしました。

それは、校則は守るべきもの! というマジメさではなくて、

不良じみたことで悪目立ちすると、先生に目をつけられてしまう。

それはご免こうむりたい、という理由からで。

目立たない存在でいると、些細なことでとやかく言われない自由を得られます。

マジメでつまんない子と思う人もあるかもしれないけれど、

まあ、わかる人はわかるだろうし。

それよりは、そこそこの自由の方がずっと大事。

と思っていたのでした。

三つ子の魂百までといいますが、そういう感覚も、

いくつになっても変わらないものなんですねぇ。

ゴールデンウィークの営業日

自宅のストーブを片付けた翌日から、桜開花前みたいな気温が続いていたのですが、

やっと暖かさが戻ってきました。

やれやれです。

入園式、入学式もひととおり終わりましたでしょうかね。

 

入学式といえば、先日、ネットでこれが流れてきました。

阪急のランドセル | 阪急オンラインショッピング

 

関西在住ではない、わたしの友だちにも阪急電車のファンは多いです。

たしかにあの、マルーン色(断じて小豆色と呼んではならじ)の車両は

うつくしいですよね。

けれども、この「阪急電車モデル」のランドセル、89,640円ですって!

 

小さな鉄道ファンの心をくすぐるこだわりがいっぱいです

って書いてあるんですけど、いやそれ主に大人の心をくすぐってるよね?

ちょっと電車好きや、鉄道ファンの足元見すぎやないのん?

って思ってしまうんですけどねー

欲しくなってしまうキモチはわからなくないなあ、

と思わされてしまうところが、なんかクヤシイ。

 

さて、桜見物の波が収束しつつある京都ですが、

次なるピークはゴールデンウィークです。

占庭もGWのご予約をぽつぽつと頂戴しています。

GWも、営業日は通常通りで、平日祝日変わらず月水金が定休日となります。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

先日、メール鑑定させていただいた方が遠方から占庭までいらしてくださって、

お顔も手相も観ることができ、とてもうれしく、楽しかったです。

メールの文章って、ふだんどんな風にメールを使ってらっしゃるかで、

雰囲気が作られるんですよね。

お仕事でメールを送ることが多い方は、どうしてもちょっと堅めになってしまうし、

家族や友人などとのLINEが主な方は、メールは久し振り、ってこともあって、

戸惑われたりもします。

こちらから質問を送り、お答えいただいたりのやり取りが進むと、

ぐっと距離が近くなる場合もありますが、文章ではやはり限界があるもので。

その文章からのイメージと、生年月日の星の並びを併せて、

わたしのなかでのその方の「像」が結ばれるんですね。

 

で、先日、お会いしたお客さまは、外観は違和感なかったんですけど、

手を観せてもらったら、とってもせっかちな手相をされていたんですよ。

命式ではそこまでせっかちな印象がなかったので、すごく意外で。

「えらいせっかちな手をされてますねぇ」と思わず笑ってしまうと、

「そうなんです!」といろんな、せっかちエピソードを話してくださって、

それがとてもおもしろくて、楽しくて。

ああ、やっぱりこうして対面でないとわからないことって多いんやなあ、

と改めて感じました。

 

遠方のお客さまや、お忙しい方は、とりあえずメールで、

ということになるのですが、メール鑑定はわたしも手さぐりな部分が多くなります。

占いの結果をお送りした後も、ずっと、

ご満足いただけただろうか? 少しは気持ちがスッキリされたかしら?

と、そうであってほしいなと願いながら思うもので。

 

けれども、ありがたいことに、丁寧なお返事をいただいたり、

後日、京都まで足をお運びいただいたりすることも多くて、とても励みになります。

メール鑑定は、実のところちょっと苦手でもあるのですが、

いまの自分の力いっぱいでお返事していこう、と前を向くことができるのです。

みなさま、ほんとうにありがとうございます。