京都 四条高倉の占庭から

「ゲンナイ会」プレ回に参加しました

先日、青山ゆみこさんの著書『元気じゃないけど悪くない』の読書会から派生した”ゲンナイ会” のプレ回に行ってきました。

会場となったのは神戸の「海外移住と文化の交流センター」。

www.kobe-center.jp

元町駅から、ずんずんずんずん坂道を上って行った先にあります。

「あがる」じゃなく「のぼる」の上るでした。結構な坂。

けれどそれも神戸らしくて遠足気分も上がります。

思い返してみて、わたしは神戸に来ても毎回、海側へばかり行っていたことに気づきました。

神戸は海と山が接近している土地だとわかってはいましたが、坂道を上るとすぐに山が迫ってくるので、ホントに! となります。

センターの職員さんがとてもフレンドリーな方で、この施設の成り立ちなどを説明してくださり、意外なお話も伺って勉強になりました。

この会がなければ訪れる機会はきっとなかっただろうと思うので、これも不思議なご縁です。

 

で、その「ゲンナイ会」とは? と思われますよね。

ゲンナイは ”元気じゃないけど悪くない” の、頭とお尻の二文字ずつなのはわかっていただけると思います。

スッキリ広々した会議室で、ファシリテーターの青山さんを含め十人に満たない少人数で、ひとりずつ話したいことを話していく会、なのです。

結論から言いますと「オープンダイアローグ的な対話の手法」についての理解が、わたしにはまったく足りていませんでした。

なので、たいへん戸惑ってしまいました。

今回の会では、

・ 話す内容は何でもよい

・ 話したくなければ話さなくてもよい

・ だれかの話に意見を言ったり、アドバイスしたりしない

というやんわりしたルールが設定されています。

会議机の真ん中に、話をこんもりと置いていき、それをみんなで眺める、というようなイメージで、「話す」ことよりも「聴く」に重点を置きましょう、ということでした。

 

わたしは仕事柄、話を聴くのが日常なので、まったく緊張感なく参加したんですが、その認識のなんと甘かったことか。

自分が話す番になったとき、緊張で声が震えました。

そうだ、わたしは人前で話すのは苦手だった、とその場で思い出す始末。

なんだかいつも自分らしくない話し方をしたような気がします。

けれど、そんなしどろもどろも容認されるのがこの場です。

 

そして、話すのも難しいけれど、聴くのはもっと難しい。

「それは困りますよね」というような合いの手を入れることも、「どうしてそう思われたんですか?」と質問することもできず、ただただ無言で耳を傾けるということが、これほど難しいことだとは想像外のことでした。

ものすごく集中するけれど、その集中が集中のままで放置されるわけですよ。

これがしんどい。

 

で、ちょっと疑問も湧いてくるんです。

「これは『ダイアローグ(対話)』と呼べるのかしら?」なんて。

その戸惑いと思考が混乱する中で、約1時間半の会はあっという間にお開きとなりました。

帰り道、坂道を下りながら、電車に揺られながらも心の整理がつきません。

ただ、初めてのすごい体験をしたな、という充実感でいっぱいでした。

 

わたしのもやもやの一番大きなところは「対話」についての違和感と、意見にならないくらいの感想ならば、述べたほうが話しやすくなり、言いたいことを言えるのでは? でした。

けれど、時間を置いて、その考えは基本から間違っているということに気がつきました。

 

 そもそも話すのではなく聴く会である、というのが大前提だったじゃないか。

 ダイアローグはディスカッションじゃない。

 誰かの独白をみんなで聴く。独り言なのだから、意見感想は要らない。

 いやしかし、モノローグとダイアローグは対義語でしょ。と、そこでわたしの思考はこんがらがってしまう。

 が、この場にあってはそのふたつが融合しているのではないか。

 

そしてこの会での「対話」は、自分との対話だったのだと思い至って、やっと、やっと納得がいきました。

テーブルの真ん中にこんもりと積み上げられたお話について、話をされた「人」と対話するのではなく、その「お話」について自分自身と対話すればよかったのだなあ、と。

ああ、バカバカバカ! どうしてあの場でその考えに至らなかったのか。

またしても我が身の愚かさと未熟さを思い知りました。

が、知ることができてよかった。

 

新しい経験は、いつも新しい視点を授けてくれます。

会を開いてくださった青山ゆみこさんと参加者のみなさまにこころから感謝いたします。

青山さんがひとりひとりの話をしっかり受け止めようとされ、無言であっても、いたわりや励ましの思いを胸に抱いてくださっているのが伝わり、とても心強かったです。

もう二度と同じ顔ぶれで集まることはない、まったくの一期一会である参加者のみなさんとの不思議なこころのつながりも感じることができました。

もう一度参加できたら、今度はもうちょっとよいスタンスで考えをめぐらせることができるかも、とか思ってしまうのですが、このような貴重な機会を初めての方に譲るべきではないかと考えたりもします。

深くてこころに沁みるよい時間でした。

ありがとうございました。

 

とてもいいところだったのに撮ってきた写真がこれだけで。

自分でも、なんでやねん! と思いますが、せっかくなので貼っておきます(笑)

 ※ ブラジルから寄贈されたワニのはく製。

種類によって違うのかもしれませんが、ワニってもっと顔というか口の部分がもっと大きなイメージじゃないですか?

このワニは顔が小さめで、どことなくユーモラスな感じもありました。