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京都 四条高倉の占庭から

「運命の人」

相性を観ていて、

 「運命の人」っていう相手ではないけれど、いい相性ですよ。

と言うと、お客さまはホッとしながら、

そこはかとなくガッカリもされます。

 

 それじゃあ、わたしの「運命の人」はいつ現れるんでしょうか?

 そもそも「運命の人」に出会えるんでしょうか?

とお尋ねになるわけですが、そりゃ当然ですよね。

前々から、このブログでも、

「運命なんて決まっていません」

と言いながら、そういう言い方をしてしまうわたしが悪いな、

と反省もするわけですが、わかりやすいもんで、つい。

 

「命」で占う場合、生年月日から、命式というものを作ります。

その中には、ご自身を表す星があるように、パートナーを表す星もあるんです。

で、占っている方の命式のパートナーのところの星と、

相性を観た相手の方がお持ちの、ご自身を表す星が一致していれば、

ドンピシャの相手だなあと判断するわけです。

えっと、わかりにくかったらごめんなさい。

同様に、相手の人の命式のパートナーのところに、

こちらの中心星が入っていれば、相手にとってドンピシャということ。

なので、こっちから見たら「運命の人」的だけれど、

相手から見ればそうでもない、ということも起こります。

どっちもがドンピシャということは、ほんとうに稀なので、

これはなかなか運命的だなとは感じます。

 

ドンピシャの相手というのは、

「これといって理由はないんだけれど、どことなくしっくりくる感じ」

があるようです。

その不思議なしっくり感は、ご縁の本質に近い気もしますね。

 

が、ここで一番問題になるのは、

「運命の人」と結婚したら幸せになる、とは限らない、

っていうことなんです。

ご自身が、結婚につまづきやすいとか、こじれやすい星をお持ちだと、

つまづかせる相手、こじれさせる運命の相手、ということにもなりかねません。

「運命の人」が必ずしも白馬の王子様ではないわけです。

もちろん、ドンピシャの相手が最高の組み合わせの相手、

という場合だってありますよ。

そのへんは、ほんとうに、おひとりおひとりの命式の個性で、

それこそ運命が分かれるところなんです。

 

ですので、わたしに、

「運命の人」っていうのではないけれど、

と言われても、どうぞガッカリされませんように。

おそらく世の中の9割以上の人が、ここで言うところの

「運命の人」を選んでらっしゃらないでしょう。

 

そやなあ。

やっぱり、この「運命の人」っていう言い方が誤解を招くんですよね。

なんとなくロマンチックで、できたらそっちがいいなあ、って

思ってしまいますもんね。

うん、改めましょう。

「運命の人的タイプ」でどうかしら?

 

 

まったくの余談ですが・・・・

わたしは音痴でカラオケがとっても苦手なんですけど、

どうしてもうたわなければならない局面に立たされた場合、

(って大げさですけどね)

スピッツの「運命の人」を選んだりします。

「さすが占い師!」ってウケるもんで。へへへ。