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京都 四条高倉の占庭から

サイバラさん

読書

仲のよい友だちが西原理恵子さんの大ファンで、

数年前に京都のまんがミュージアムであった「バラハク」も一緒に行きました。

 

サイバラさんが、カレシの高須センセイと大相撲観戦されてたりするのを

テレビで見ることがありますが、そらもう目立ちます。どっちもが。

唸るほどお金を持ってはいても、どこかちょっと壊れ気味な高須センセイと、

サイバラさんの組み合わせというのは絶妙でね。

いまを愛おしんで、愉しんで、おもしろがってると同時に、

ああ、またこうして面倒見たはるんやなあ、と思ってしまいます。

 

で、かなり前に、絶賛オススメされて読んだ『毎日かあさん』。

なぜか最終巻の4から読んだんです。

サイバラさんと昔の連れ合いさんのことは、だいたい知っていたし、

ちょっと桁の違う手のかかり具合のお子さんというのも知ってはいました。

でも、そんな「知ってる」なんていうレベルの話じゃなかった。

壮絶です。

そこに不幸自慢はないし、ええ人ぶってもいない。

かといって、ただ善良なだけっていうタマでもない。

サイバラさんは、ほんまに女傑ですね。

ゲラゲラ笑ったり、号泣しながら読んでると、

育てるって、看取るって、生きるって、働くって、

キレイ事じゃない。

でもどうせなら笑って生きよう、と思えてくるんです。

 

毎日かあさん 4』 

こら、あかん。
これ、泣かずに読める人はおらんよね。

命っていうのは、神様っていうのは、、、、

なんちゅうムゴイこと、と思ってしまいました。

そして、たのしく腹立たしくおもしろく愛しかった子育ての日々を思い出しました。
保育園時代は、親も子もそりゃあ毎日がパラダイスでした。
・・・・ああ、なんかもはや懐かしい昔話みたい。

やっぱりね、いま、現在が大切。
意地汚いくらい、いまを味わい尽くしておかないと、

いまは二度と手で触れられなくなるんです。
したいこと、見たいもの、も変化していくのだから、

できる範囲でいいから、いま、して、見て、おかないと、な。
と思います。

死ぬときに悔いが、ひとつでも減るように。

毎日かあさん』を読んでいて、男を頼って生きるのは間違っておるな。
とも思いました。
わたしは、いま、ヘンに中途半端に男を頼って、

そんな自分にイラ立ったり、不満を持ったりしてるんじゃないか。って。
間違ってる。わたしは間違ってるな。
西原さんほどの甲斐性はないけれど、

自分の足でちゃんと立っておかなくちゃ。
と、心が奮いました。


でないと、結局は大切なひとを守れないもん。

(2007/8/2)